二回目の初めましてと微妙にリンク




もし、柔和な笑みの男性とまだ三つか四つあたりの子供が、手を繋いで公園傍の遊歩道を歩いている光景を目撃した時、貴方はどう思だろうか。僕ならば仲の良さそうな親子だなあって思ってちょっと微笑ましい気分になる。休日の昼下がりを笑い合いながら歩く、一組の親子。なんとも和やかだ。平和だ。穏やかだ。

(……けど、なんでかな)

"柔和な笑みの男性"が臨也さんってだけで、全然別物の光景に見えてしまうのは僕の目の錯覚だろうか。

遠回しな言い方をしたが、要するに、臨也さんが小さな子供の手を引いて僕の少し前を歩いていたのだ。

「……誘拐、かな?」

とてもじゃないがあの臨也さんが子供と手を繋いで歩いている図なんて、おぞましい以外の何物でも無い気がする。仲のよさそうな親子連れ、という光景は臨也さんがそこに混じるだけでとても危険なものへと変貌してしまった。そう、今不意に口に出して呟いたような、"誘拐現場"という光景に。

「君とは一度、ちゃんと腹を割って話し合った方がいいみたいだね」

あの小さな子供の未来のためにも臨也さんの魔の手から救い出してあげるべきだろうか、僕が割と本気でそんな事を考えていると、いつの間にかこちらを振り返った臨也さんが冷たい笑顔を張り付けて僕の方に歩いてきていた。
しまった、と思うも時既に遅し。背筋がさぁっと凍りつく。

「えっと……聞こえてましたか?」
「うん。ばっちり」

どうしよう、臨也さん、目が笑ってない。

僕がだらだらと冷汗を流しながら視線をうろうろと泳がせていると、臨也さんの体の陰に隠れてこちらを見上げる瞳とかち合った。その手はまだ、しっかりと繋がれている。

「……臨也さんの子供ですか」
「馬鹿言うなよ、浮気したら怒るくせに……まあでも、半分正解かな」
「半分?」

どういう事だろう。半分って、半分に出来る要素は一つも無い気がするけど。

「俺の子供じゃないのはほんと。この子はただの迷子だよ、そこの公園で泣きべそかいてたから一緒に親を探してやろうと思っただけさ」
「…………」
「……何、その間抜け面」

臨也さんが眉をしかめて不機嫌そうに僕の顔を凝視してくる。僕ははっとして、慌てて頭を振った。何か今、臨也さんの口から聞こえるはずのないような言葉が飛び出してきた気がしてうっかり動揺してしまった。落ち着け僕、平常心平常心。
きゅっと鞄の紐を掴んで臨也さんを見上げる。

「臨也さん、どこか具合の悪い所とかありませんか?昨日何か変なもの食べたとか、」
「うん、やっぱり君とは本気の本気できちんと話し合いをした方がいいみたいだね」

僕の言葉を遮る様にして臨也さんの形のいい唇が音を紡ぐ。あ、どうしよう本気でどうしよう。臨也さんの笑顔、さっきより一段と怖くなってる。多分、自分じゃ見えないけど今僕の顔はとても青褪めている事だろう。
やばい、きっとその"話し合い"とやらが僕の人生の最期だ。そう思ってしまうくらい、臨也さんの笑顔は酷薄で、怖かった。怒っているんだと一目で分かるような邪気まみれの笑顔。

「あの……え、と……」
「まあ話し合うのは後にするとして」

よかった。その言葉にほっとして肩の力を抜いた。

「君が何を言いたいのかは大体分かるよ。何で俺が迷子の親捜しなんかをしているのか、って事だろ」
「……はい」

頷けば、臨也さんは未だに己の足にしがみつくようにして僕から隠れている子供の手を引いた。軽く、優しいその所作は普段の臨也さんからは想像もつかないようなもので、僕は唖然とする。子供は促されるまま、おずおずと臨也さんの体の陰から出てきた。

「俺と帝人君に子供が出来たらこんな子なのかな……って思ったら、つい、ね」

子供を見下ろしながらそう理由を打ち明ける臨也さんの表情は、やっぱり普段の彼からは想像もつかない、優しいものだった。僕はその穏やかな表情に見惚れながらも、今臨也さんが口にした言葉を必死に理解しようとする。理解しようとして、理解して、え?と間抜けな声を出した。

(それって、つまり……)

何かものすごく恥ずかしい事を言われた、という事だけがかろうじて認識できたが、途端に湧きあがってきた羞恥のせいでそれ以上を考えている余裕はなくなってしまう。とりあえず、臨也さんに顔を見られないように俯いた。俯いたまま、どうしよう何を言おう何と返せばいいのだろう、と必死に考える。
ふと、此方を見上げる瞳とまた視線がかち合った。

大きな瞳と顔立ち、短めの髪の毛。好奇心という輝きを纏う両目。言われてみれば確かに、自分の幼少の頃に似ているかもしれない。
それに、

「……そうかも、しれないですね」

極めつけは、臨也さんのように赤味がかかった瞳だった。

「だろ?なんか他人とは思えなくなってね、暇だったし付き合う事にしたんだ」
「けど、どうやって探すつもりなんですか?手掛かりがないとこの人の中から見つけるのは大変ですよ」
「まあ、そこは情報屋という職業をフルに活かして……」

あ、と僕でも臨也さんでも無い声が上がった。二人して視線を下げる。小さな、名前も知らない子供。何処となく僕と臨也さん、両方の面影を持つ子供は、街を行きかう人の群れを見つめていた。

「おとうさん、おかあさん!」

そう叫んだ途端、それまで掴んでいた臨也さんの手を離して子供は駈け出して行く。子供の目指す先に視線を向ければ、親だろう、子供の姿を見つけて安心したように駆け寄ってくる二人の人間の姿があった。
僕と臨也さんから少し離れたところで、子供とその両親は再会を果たす。何処に行ってたの、心配したんだよ、と母親らしき方の人が子供に向かってそんな感じの事を言っていた。子供の方は舌足らずにおかあさん、とその人を呼んでいたから、多分あの人が母親なのだろう。その母親と子供の脇に立っている黒い服の男の人が父親だろうか。
ここからでは顔はよく見えないけれど、子供の目線に合わせてしゃがみ込む母親とそれを見守る父親の光景は、とても微笑ましかった。

「よかったですね、無事見つかって」
「まだ何にもしてなかったのになあ。残念」

苦笑しながら臨也さんから視線を外す。再び親子の方に目を向けると、一瞬、本当に一瞬、父親だろう男性がこちらを振り返った。僕はどきりとして笑みを引っ込める。竦み上がるというのは、まさにこういう感じの事だろうか。

顔は、よく見えないはずだった。けれど、どうしてかその一瞬だけ、僕の瞳は鮮明にその男の人の顔を捉える。
その父親と思しき男性は、全身が黒主体の服を着ていた。髪の色も艶やかな黒髪。さらりと風に流れるそれは長め。立ち振舞いや顔立ちからそれなりに年を重ねているだろう事は伺えたが、僕は確かに見てしまった。

その人の、瞳を。

切れ長で、どこか危険な光を含んでいる、赤味がかった瞳を。

そう、まるで臨也さんのような、いや、むしろ臨也さん本人のような。

(う、そ……)

僕は唖然とした。咄嗟に反応出来なかった。そもそも視線があったのは一瞬だけですぐに顔は反らされてしまったから、見間違いなのかもしれない。でも、その一刹那、その男の人の口元が描いていた笑みは、やっぱり僕の知る臨也さんのそれと酷似していて。

(どういう事、なんだろう)

子供の手を引いて親子は歩き出す。しばらくもしない内に道を曲がったその親子連れの姿は路地の中へと消え、見えなくなった。

「あの、臨也さん……今の、父親の方の人、」

顔、見ましたか?そう尋ねるつもりだったのに、出来なかった。
何故ならば臨也さんも、僕と同じように信じられない、状況が飲み込めない、という唖然とした顔をしていたからだ。正直言って、臨也さんのこんな表情は珍しいを通り越して奇跡レベルだ。

「……どうか、したんですか」
「…………った、」
「え?」
「見間違え……かもしれないけど、あの子供の母親……」

珍しいを通り越してさらに奇跡レベルをも通り越して、むしろ初めて聞くような酷く戸惑いだらけの声音で臨也さんがそこまで言った時、僕は、なんとなくだけれど、その後に続く言葉が分かってしまった。
分かりたく、なかったけど。

「帝人君、そっくりだった」

ああ、やっぱり。

「……父親の方も、臨也さんそっくりでしたよ」
「…………」
「…………」
「…………」

僕らは顔を見合わせる。そしてあの親子連れが消えていった路地に目を向けてから、あ、と同時に呟いた。


あの親子が入っていった路地は、細長くて青いビルと古びた書店の、間だったのだ。










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