「おせえ」

入店して早々、開口一番待ち人を睨みながら平和島静雄はそう言い放つ。臨也はおやおやと肩を竦めながら静雄の向かいに腰を下ろした。

「十分しか過ぎてないじゃん。こっちは多忙な中わざわざ時間作って来てんだからちょっとは大目に見てよ」
「金は払ってんだ。仕事ぐらいしっかりやれ」
「はは、まさか君に仕事のモラルを説かれるとは思わなかった」

笑いながら、臨也は注文を取りに来た店員にコーヒーを一つ注文する。それなりに賑わいを見せるファミレス内は家族連れや学生達で溢れていたが、臨也と静雄が座る奥まった喫煙席付近に人の姿は無い。恐らく皆、目の前のこの男、平和島静雄を恐れて敬遠しているのだろう。黒いコートとバーテン服は店内では異様な程浮いていると言うのに、奇異の視線すら集めない。
それを気にする事も無く、臨也は運ばれてきたコーヒーに口を付け、静雄は煙草に火を付けた。

「君の依頼だけど、問題無く処理したよ」
「本当だろうな」
「貰った金の分だけは働きますって。その辺は俺も弁えてるつもりだけど」
「ふん、どうだか」
「まあでも比較的簡単に事は片付いたからさ、いくらか経費浮いたんだよね。だからこれ」

臨也はテーブルの上に封筒が放り投げる。中身は金だ。静雄から依頼料として受け取った内の、浮いた分の経費。それに眉をしかめながらいらねえ、と静雄は吐き捨てる。その態度に臨也は盛大にため息をついた。

「俺だっていらないよ、君に借りなんて作りたくない。ってかビジネスなんだと思って割り切ってよ。俺これでも結構我慢してんだから」
「……簡単に片付いたってのはどういう意味だ」

渋々と言った様子で封筒を受け取りながら、静雄は臨也の言葉には反論をせずに問いただしてくる。経費が浮いた理由、とやらが気になるのだろう。
まあ別に隠す事でもないかと臨也は口を滑らせる。

「弟君を襲ってたやつら、俺が手を出すよりも前に所属事務所を解雇されてたらしい。なにが理由かは知らないけどね。だから社会的抹殺は簡単だった」

コーヒーを飲みながらそう答えると静雄は暫し、黙り込んだ。普段から思考の読めない人間ではあるが、今この時だけは何を考えているのか臨也にも察する事が出来る。
そして次に静雄の口から出た言葉は、やはり予想通りの言葉であった。

「お前、本当はその理由も知ってんだろ」
「まさか、必要のない事は調べないよ。だって無駄なだけだからね、そんなの」
「金は払う、教えろ」

静雄は何の躊躇もなしに先程受け取った封筒を臨也に投げ返した。臨也はやれやれと肩を落としてその封筒を懐に仕舞う。金を貰った以上は仕方がない、こっちも仕事だ。

「シズちゃんだってもう察しはついてるんだろ?君んとこの社長がその事務所に圧力をかけたんだよ。その事務所の社長は君の会社に相当な貸しがあったらしいからね。んで、そうなるように君んとこの社長に口添えをしたのが、」
「……トムさんか」
「ご明察。人の良さそうな顔してやるなあ、あの人も」

コーヒーを啜りながら、俺の話はこれで終わりだよ、と臨也は静雄から視線を外す。今日は事後報告だけだったのだ、無闇にこの男とこれ以上顔を突き合わせる必要はない。静雄も同じ考えなのだろう、聞きたい事だけ聞き出すと後はもう用は無いとばかりに席を立った。そのまま彼がテーブルから離れようとしたところで、臨也は思い付いたように顔を上げる。けどさあ、と背を向けている静雄に向かって声をかけた。

「意外だったよ、まさかシズちゃんが俺に依頼を持ちかけるなんて思いもしなかった。君の上司といい君といい、よっぽどあの弟君が大事なんだね。ちょっと興味湧いてきた」

嘲笑うような声に、席から離れようとしていた静雄は振り向きざまテーブルに拳を振り下ろす。みしりと、天板が沈み込んだ。ある意味予想通りの反応に、臨也はさらに笑みを深くする。

「あいつに手を出したら今度こそ殺す」
「はいはい、肝に銘じておくよ」

静雄は今度こそ臨也に背を向け店を出て行った。それを目で追う事もせず、臨也は深く椅子に凭れかかる。

「過保護だなあ、あれ」

いや、静雄の弟に対するあの執着を過保護と表現するには生ぬるい気がする。弟のために、己自身の怪物じみた力ではな、くこの世で最も忌々しい宿敵の力を使ったのだ、あの男は。いつもならキレれば見境なく暴力を振るうくせに、今回はそうしなかった。
より確実で残酷な方法を持ってして、彼は報復を果たした。

そう、全てはたった一人の弟のために。

(妄信、執着、依存……なんかどれもしっくりこないな)

まあどうでもいいかと臨也は思いなおす。コーヒーを飲みほしてしまうと、一人笑みを浮かべた。

あの無表情な弟君は、自分の兄貴が俺にどんな依頼したのかを知った時、一体どんな顔をするのだろうか。
そして、どんな事を想うのだろか。

(胸糞悪い相手からの依頼だったけど、楽しみが一つ増えたって事でまあいいか)

カップをテーブルに戻す。伝票を手にして臨也も席を立った。










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