※輪姦要素含みます
※平和島兄弟とトムさんの関係捏造
※全体的に薄暗いです







「幽じゃないか、久しぶりだな」

この街で見かけるのは珍しい、現在の仕事仲間の弟の後姿に声をかけた。大袈裟に驚いて見せた彼は驚くべき速さでこちらを振り返る。その表情には焦りと怯えのようなものが見え隠れしていたが、声をかけた相手がトムだと気付くや否や、あからさまな安堵にそれは変わった。

「トムさん……」

その幽の態度に、トムは違和感を覚える。そもそも彼がこんな場所に居る事も不自然だった。
時刻は深夜に差し掛かろうとしている。場所も場所だ、風俗店が密集しているいかにもな雰囲気の地域。トムはこの近くで今ようやく仕事を終えた帰りだったのだが、幽はどうなのだろう。仕事帰り、という風には見えない。一人でこんな場所をうろつく理由は、ただ帰宅しているだけならばないはずだ。
どこか様子のおかしい彼に、トムは眉を寄せる。

「どうした、幽。何かあったのか」
「い、え……別に、なにも、」
「こんな時間にこんな場所にいるなんてあり得ないだろ。何か用事か?」
「……はい」

まあ彼も男だ。そういった事に興味がないわけではないだろうし、こういう店に出入りするのも個人の自由だ、とやかく言う義理はトムにはない。だが、ただここら辺の店に来た、というにはやはり幽の様子は常とは違っていた。しきりに辺りを気にしながら、トムとは決して目を合わせようとしない。羽織っている上着の前を片手で掻き合わせるようにして俯いている。
気にはなったが、結局トムは深く追求する事はしなかった。

「……まあ、いいけどよ。こんな時間にこんな所うろついてるの見られたらさすがに不味いだろ?ほどほどにしとけよ」
「はい……」
「あ、それとこっちに戻ってきてるなら静雄にも会いに行ってやれ。連絡ないーってぼやいてだぞあいつ」

最近弟からの連絡が無いと心なしか寂しげだった同僚の姿を思い出し、トムは苦笑を浮かべた。
昔からそうだ、静雄はこの弟の事をとても大切にしている。兄弟なのだから大事に思うのは当然と言えば当然かもしれないが、この兄弟の絆は第三者であるトムの目から見ても強く、強固なもののように思えた。静雄に幽の話題を振ればその口調からいかに弟を大切に想っているかが伺えるし、また逆も然りだった。
だから今日も、こうして会話の中に少しでも彼の兄の名前を出せば、幽はその無表情の極みとも言える口元に小さく笑みを浮かべ、どこか嬉しそうな表情を浮かべるはずだった。

しか、今日は違った。トムが静雄の名前を出した途端、幽の表情はあからさまに凍りつく。

「幽……?」
「あ、いや……兄さんには、後で連絡します」
「幽、」
「……それじゃ、俺はこれで……」
「幽!」

嫌な予感がした。そそくさと背を向ける幽の腕を掴む。掴んだ瞬間、彼の体は大きくびくついた。

「トムさ、」
「幽、ちょっとこっち」

人の通りが多い場所から離れ脇道に入り込む。真正面から幽と向き合うと、トムはその頭をぽんと撫でた。昔よくそうしたように。

「なあ、何かあったんだろ?」
「なにも、ないです」
「お前も静雄も変なとこで頑固だよな……無理にとは言わないが、抱えこむな。一人で抱え込むのが一番悪いんだぞ」
「……でも、」

兄さんには、言えない。

消え入りそうな声は震えていた。トムはいよいよ本格的に、この子の身に起きている事がただ事ではないと理解する。

「俺にも言えないか?」
「……」
「なに、心配しなくても静雄には黙ってるよ」
「トムさん……」

ぼろ、と幽の瞳から涙が落ちる。唐突なそれにさすがのトムも面喰った。彼の泣き顔など、それなりにこの兄弟と長い付き合いであるトムですら見た事が無かったからだ。
幽は感情の起伏が極端に少ない。唯一その顔に表情という表情を浮かべる時は、決まって静雄の前だけだった。トムの前でも、決してその無表情を崩した事は無い。

(一体、何が……)

泣き崩れる幽の肩を支えながら、トムははたと気付く。そして、どうして幽が先程まで必死に上着の前を掻き合わせていたのか、その理由を悟る。

インナーでは到底隠しきれないような場所に、無数の痣が散っていたのだ。ただの痣ではない。ぽつぽつと散るそれは、キスマークそのものだった。

「幽、お前……」
「兄さんには、言わないでくださいっ……」

叫ぶような訴えは、普段の幽からは想像もつかないような大声だった。そして、酷く痛々しい訴えだった。
内心で大いに舌打ちをしながら、トムは彼の頭を撫でる。

「いつから、だ?今日だけか?」
「……二ヶ月くらい、前から」

そういえば、とトムは記憶を手繰る。二か月前といえば、静雄が幽からの連絡が無いとトムに漏らし始めたのも二カ月ほど前からだ。
単に仕事が忙しいせいだろうと言っては静雄を宥めていたが、そうではなかった。原因は、もっと別の場所にあったのだ。

幽の話によれば、相手は二か月前の撮影で初めて顔を合わせた同業者らしい。撮影の打ち上げに誘われ飲みに行った際薬を盛られでもしたのか、酒の席で意識を失った。そして目が覚めたときには、ホテルに連れ込まれた後だったという。

「それから、ずっとか」
「……来ないと、写真を兄さんに見せるって言われて……」

相手が何人で、一体どんな事をされたのか、そこまではさすがに聞くのは憚られた。がたがたと体を震わせて泣く彼の傷を抉るような事を、これ以上は出来ない。

「辛かったな」
「っ……」
「静雄には言わない。けど、今は余計な事考えないで泣いとけ。辛い時は辛い、悲しい時は悲しいって、素直に口にしていいんだからな」
「トムさん……っ」

声は押し殺していたが、幽はその後トムに縋りつきながら号泣した。よしよしと頭を撫でながらその体を抱きしめる。

約束した通り、この事を静雄に言うつもりは無かった。部外者である自分が口出しして良い問題でもないし、軽々しく口にしていい話題でもない。これは、幽が自分の口から兄に言わなければならない事だ。そうでなければこの二カ月の彼の苦しみが全て無駄になってしまう。
無感情なように見えて、強いように思えて、その実この子は酷く弱かった。大事な物のためならば自分を顧みない性質は兄と同じではあったが、その兄を引き合いに出されると簡単に崩れる。

幽が最も恐れている事、それは静雄から見放される事だ。

そんな事は絶対ないという事は第三者であるトムでも分かるのに、幽はいつも怯えている。兄が自分から離れてしまうのではないのかという事を、心のどこかで恐怖している。静雄が弟を何よりも大事にしているのは明白だ、それに気付いていないのは恐らく本人だけだろう。そして、それは静雄の方も同じだった。
互いを強く思い合っているのに、信頼し合っているのに、肝心なところですれ違っている。それがこの兄弟の厄介な部分でもあるのだ。

(ちくしょう……)

幽の頭を撫でる優しい手つきとは裏腹に、トムは内心で盛大に腹を立てていた。もちろん、幽をこんな目に遭わせた人間達に対してだ。静雄ほど顕著ではないにしろ、トムも幽の事は大事な弟のように思っている。それは静雄に対してもそうだ。今でこそ同僚てせはあるが、この兄弟がトムにとって大切な人物達である事に変わりは無い。

ふつふつとわき上がる、怒り。

それを押し殺して、トムはただただ幽の頭を撫で続けた。




「大丈夫か?」
「はい……すいません、ありがとうございます」
「いいっていいって。辛い事があったらすぐに言えよ?黙ってられる方が心配なんだからな」
「……はい」
「多分、静雄もそうだろうから。ちゃんといつかは、自分の口で言ってやれよ」
「…………」
「何かあったら呼んでくれ。話ぐらいは聞いてやるから……」

小さく頷いた幽の頭をもう一度だけ撫でて、トムはじゃあなと彼の家から離れる。

さすがにあんな状態の幽を一人で帰させるわけにもいかず、自宅に送り届けた頃にはすっかり日付は変わっていた。当然の事ながら今日も仕事はある。今から帰ったとしても眠れる時間はごくわずかであろう。

「こりゃ明日、いやもう今日か……寝不足出勤決定かな……」

そう一人ぼやきながら、携帯を取り出した。アドレスから見知った名前を呼びだして時間も気にせず電話をかける。この時間ならばまだ起きているだろうと適当に辺りを付けたのだが、どうやらその通りだったらしい。六回ほどコールを鳴らした後で電話は繋がった。

「あー、社長っすか?おやすみのとこすんません……ちょっとお話がありましてね、」

自分には静雄ほどの力があるわけでも何かを成すほどの権力があるわけでもない。トムは至って平凡な、まあ仕事は穏やかなものではないが、とにかく取るに足らない一般人の一人でしかない。

それでも、幽の事をこのまま黙って見過ごすつもりは、毛頭無かった。










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