自慢じゃないが、臨也は今までも常識では考えられないような刺激的な目覚めを体験した事が多々あった。目が覚めたと思ったらいきなり平均台が体の上に降ってきたり、四輪駆動車が体に激突した衝撃で目覚めた事もあった。無理矢理剥ぎ取られた教室の黒板に押し潰されて、なんて目覚めも経験している。
そのどれもが、例に漏れず人外の力を有した忌々しいたった一人の所業である事は言うまでも無い。おかげで学生時代は学校内で迂闊に眠れなくなってしまったのも、苦い青春の一ページだ。

とにかく、そんな人として滅多にない貴重な、だがしかし全く嬉しくも何ともない無い目覚めの数々を経験してきた臨也にとってしても、今日この日の目覚めはまた新鮮だった。

「おはよう」

顔面を押さえる臨也の頭上から波江の声が降ってきて臨也は顔を上げた。その手に握られているのは見間違えようも無い、主に台所で使用される調理器具、フライパンである。

「……随分刺激的な目覚めをありがとう」
「今何時だと思ってるの。人を働かせておいて雇い主が爆睡してたら殺したくもなるわ」

どうやらフライパンで顔面を思いっきり殴られたらしい。目覚めたのはその衝撃と痛みが原因か、と臨也はじんじんと痛む顔面を掌で覆いながら思考した。
波江は呆れながらも寝室のカーテンを開け放つと、未だにベッドの上から降りる様子の無い臨也を一瞥する。

「珍しいわね、私が来る時間まで眠ってるなんて」
「ああ……俺もこんな時間まで寝るつもりなかったんだけどさ」

今日はやけに眠りが深かった。今まで生きてきた二十三年間の中でもこんなに安眠出来た事はあっただろうか。もう暫くこのまどろみに浸かっていたい気持ちから中々ベッドから抜け出せずにいると、波江はため息を吐いてさっさと寝室から出て行こうとした。

出て行こうとして、彼女の足は止まる。波江は驚きに目を見開いてじっと臨也を凝視していた。否、凝視していたのは臨也ではない、ベッドだ。もっと正確に言うならば、臨也の向こう側で眠っている、ベッドの上の人間にその視線は注がれている。

彼女の視線を辿った臨也はああ、と納得して笑みを浮かべる。

「お持ち帰りしちゃった」

波江は心底軽蔑したような目を向けて、今度こそ寝室を出て行った。「貴方が爆睡してた原因はそれだったのね」と言い残して。
ぱたんと閉まった扉を確認してから、臨也は隣で眠る少年の髪を梳く。剥き出しの裸の肩にシーツをかけ直してやると、その体を抱きしめるようにして再びベッドに潜り込んだ。

(安眠の原因は、やっぱこの子なのかなあ)

白い肌に散る鬱血は昨夜の名残だ。この子供の温もりは酷く安心する。柄にもなく手放すのが惜しいと、思ってしまうほどに。

(今日は一日波江に任せよう……)

後で散々文句と嫌味を言われるのだろうが、それよりも、臨也は腕の中にいる子供の体を堪能する事を優先させた。










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