かたん、と砂時計がひっくり返される。それを突っ立ったまま見つめていた帝人は訳が分からず、自宅のソファに悠々と座る臨也を見つめた。
「いつも思うんだけどさ、この待ち時間って暇だよねえ」
やる事無いし、臨也は独り言のように呟き落ちる砂に視線を注いでいる。対する帝人は、はあ、と気の無い相槌を打つに留めた。座りなよ、促されて臨也の向かい側に腰を下ろす。目の前には砂時計と、帝人にしてみれば見慣れた白いカップ。
「何かしてればいいじゃないですか」
「何かって、例えば?」
「仕事、とか」
「こんな短い時間じゃ出来る事も限られるよ。それに片手間で出来るようなもんでもないし」
言い切る臨也に帝人は微妙な視線を向けた。臨也の仕事の内容など帝人の知った事ではないため、彼の言葉が本当かどうかの判断がつかないからだ。
「それじゃあ、本を読むなりテレビを見るなりすればいいと思います」
「どれもつまらない。テレビよりはネットの方が何でも速いし、今は面白い本もないしなあ」
「ならネットサーフィン、とか」
「こんなもの食べながらパソコンなんか弄れないよ」
じゃあどうしろと言うのだ。そもそも臨也が暇だろうが暇で無かろうが、それこそ帝人にとっては関係の無い話だ。
帝人が出した案を悉く否定する彼は、一体何がしたいのか。何を望んでいるのか。考えても当然ながら、答えは出ない。それはそうだろう、帝人は帝人であり、臨也本人ではないのだから。
「大体すぐじゃないですか、三分なんて」
帝人がため息交じりに言い切るのと同時に、砂時計の砂が全て零れ落ちる。臨也は嬉々として先程からテーブルの上に置いてあった白いカップ――カップラーメンの蓋をべりりと剥がした。
「分かってないなあ帝人君、情報屋である俺にとっての二十四時間ってとても貴重なんだよ?俺はかなり多忙な人間だからね、無駄なものに割いてる時間は皆無だ。だから例え三分だろうが一分だろうが、貴重なのに変わりない。貴重な時間なんだからさ、有意義に使いたいと思うのは当然だろう?」
ぺらぺらとよく動く口だなあと思いながら帝人は臨也を見つめていた。臨也はラーメンを食べながら、しかし帝人の方を見ようとはしない。
カップラーメンを食べる折原臨也というものすごく微妙な画を前にして、帝人は暫し考え込む。室内には臨也が麺を啜る音だけが響いていた。
「……って、もしかして僕、そのためだけに呼ばれたんですか?」
「何、気付いてなかったの?そうだよ、君で暇を潰そうと思って」
臨也の言い分に帝人はぽかん、と口を開ける。いきなり呼び出されてわざわざ新宿まで赴いたというのに、その理由がそんな――カップラーメンが出来上がるまでの三分間の暇潰しのためだったなんて。
普通の人間ならば怒っていただろう、激怒してもいい場面だと帝人も思う。だが怒りよりも呆れしか出てこないのが現状だった。なんと言うか、怒るのも馬鹿馬鹿しいというか、怒りを通り越して呆れるしかない、といった心情だ。
「……臨也さん、僕帰ります」
「つれない事言わないないでさ、君もカップ麺食べたら?」
いっぱいあるから、と臨也は部屋の隅に積んである段ボールを指差した。ダースでお買い上げしたらしい。全く持って不健康な食生活だ。
しかしタダで食べられるのならば、と帝人はその段ボールに近づいた。所詮は貧乏学生である、新宿までわざわざ足を運んだのだからせめて今日の昼ご飯くらいは御馳走になろう。そうでもしないと割に合わない。
「あのさ、これって結構すごい事なんだよ?」
「何がです?」
段ボールの中のカップ麺を物色する帝人の背に、臨也の声がかかる。振り返りもせずに応じると、彼が笑ったのが気配で分かった。
「俺の貴重な貴重な三分間を君にあげる、って事が」
ぴたりと、帝人の動きが豚骨味のカップ麺を掴んだまま停止する。
臨也にとっての貴重な二十四時間、貴重な三分間。
それを、帝人に割いている。
無駄な事に費やす時間は無いと豪語した、臨也が。
わざわざ自分を池袋から呼び出してまで。
(それって……)
おそるおそる臨也を振り返った。既に食べきってしまったのか、カップはテーブルに置かれている。にこやかに笑う臨也は甘い声で囁いた。
「君は俺にとって特別なんだって、いい加減気付いてよね」
かこん、と帝人が握っていたカップ麺がフローリングの上を転がった。