※静←帝←臨




ぐすっ、と鼻を啜る帝人君の両目からぽろぽろと涙が零れるのを、俺は複雑な想いで見つめていた。高い所に連れてきちゃったのは失敗だったかなぁ、と心の中でぼやく。
彼の涙は止まらない。喉から引き攣ったような謝罪の言葉が吐き出された。

「ご、めんっ、なさ……い、ざ、」
「いいよ、謝らなくて」
「っ、うぅっ……」

景色のいい場所だ。俺が自宅に使ってるマンションの屋上には、遮るものなど何もない。帝人君にしてみれば見慣れないだろう新宿の街が、青空の下に広がっていた。気分でも変わるだろうと思ったが、気分転換どころかどうやら色々と思い出してしまったらしい。帝人君はぼろほろと、新宿の街を見下ろしながら泣いた。

「わかって、たんですっ……僕、なんとも、おもわれ、っ……ない、って」
「うん」
「でもっ、それで、よく……て、」
「うん」
「そう、おもって、たのに……っ」

晴れ渡った空と、彼の悲痛な声が酷くアンバランスで俺はため息をつきたくなった。いっそ今日の天気が雨だったら、この気分の悪さも多少は雨のせいに出来たのに。

(……ムカつく)

俺は帝人君の事が、好きだ。多分、人よりも。いや、人だからこそ、人間の中でも飛び抜けて彼の事が好きなんだと思う。
手に入れたいと思う心はもちろんあるが、そこは惚れた弱みだろうか、俺は彼を手に入れる事よりも、彼が幸せになってくれる事の方をずっと強く望んでいる。
はは、笑える話だなあ。人を不幸にした事しか無いこの俺が、こんなにもたった一人の幸せを願うなんてね。

とりあえず、そう言う事だから、帝人君に好きな奴がいると知った時から、俺は彼への思いを諦めた。いや、諦めたのは彼を自分の物にするという気持ちだけで、彼の幸せを願う気持ちまで消してしまったわけじゃない。
帝人君が幸せになれるように、俺は彼のためにただそれだけを願っていた。

「聞いて下さい、臨也さん」
「今日は、あそこの道で、」
「それで、その後に、」

心が痛まないわけではなかったが、俺は彼のよき相談者として親身になってきたつもりだ。見た目の通り恋愛初心者な帝人君はやたらと俺を頼って、好きな奴の話をする。今日は何処で偶然会っただとか、少しだけ話ができただとか。
それを語る帝人君はとても幸せそうに笑ってくれるから、俺もそれで幸せだった。彼が他の誰を好きでも、帝人君が幸せなら俺も幸せだった。

それ、なのに。

帝人君はぼろぼろ泣いたまま、みっともないくらい嗚咽を漏らしながら、呟くのだ。
彼が想いを寄せている奴の名前を。

「しずお、さん……」

繰り返すけど、俺は帝人君が幸せならそれでいい。でも、今の彼はどうだろう?とてもじゃないが、幸せそうな顔なんてしていない。暗い泣き顔しか、していない。

俺が望んでいるのは、彼の悲しむ顔じゃない。

(ムカつく)

彼が一途に思う相手が、彼を幸せにしない。しかもあろう事かその相手が世界で一番どうでもよくて憎々しい、馬鹿みたいに嫌悪感しか抱かない男だったら尚更だ。
これに腹を立てないで、一体何に激怒しろって言うんだ。

「帝人君」

それでも、俺は悲しみに暮れる帝人君を無理矢理手に入れようとは思わなかった。それで彼が幸せになると言うのならもちろんそうしただろうが、彼が傷つきながらも未だに想いを馳せるのは俺でないのだ。だから、出来ない。そうしない。

代わりに俺は、帝人君の肩に手を置いてくるりと後ろを向かせた。

「臨也、さん……?」
「そのまましゃがんで」

帝人君は俺の突然の言動に戸惑っていたけれど、素直に腰を下ろした。膝を抱えて座る彼に俺も背を向けて、膝を折る。彼の背中に、自分の背中を預けた。

「俺はなーんにも見えてない、聞こえてない」
「臨也さん……」
「だからさ、全部吐き出しちゃいなよ。胸に溜めてる事ぜーんぶ」

びくりと体が震えたのが背中を通して伝わってきた。帝人君はしばらく黙って、それから、また泣きながら奴への想いを吐露し始める。

自分がどれだけ奴の事が好きで、でも奴は自分の事をそういう目では見ていなくて、奴には他に好きな人がいて、片思いでもよかったのにその事実を知ってすっごく悲しくて、苦しくて。
それでも奴の事が嫌いになれなくて。

帝人君は嗚咽と一緒にそんな事を口にした。俺は場違いな程清々しい青空を見上げていた。
悔しいのと、腹立つのと、苦しいのと、後は歯痒さ。そんなのばっかりが俺の内側を駆け巡る。
俺は帝人君が幸せならそれでいい。逆を言えば、帝人君の幸せに害を成す奴は必要ない。本当なら帝人君をこんなに傷つけて泣かせる奴の事を切り刻んで物理的にも、社会的にも殺してやりたいところだけど、それを帝人君は望まない。
彼が幸せにならないのなら、そんな事は出来ない。

(けどさあ、もう限界だよなこれ)

優しい相談者、頼れる知人、全部彼の幸せのために演じた折原臨也だけど、そろそろもう、限度だよ。

俺の心の内はどんどん冷え込んでいく。煮詰まった想いが暴走して、どうしようもない苛立ちと憤怒が蓄積されていく。帝人君は俺のそんな心情の変化に気付くはずも無く、ただただ泣いていた。

(もうそろそろ、いいよな)

ここまで我慢に我慢を重ねてやったんだ。
そろそろ暴れてもいい頃だろ?

瞳を伏せた。
瞼の裏に映るのは、どうしようもなく憎い、奴の顔だった。

「……好きだよ、帝人君」

俺の小さすぎる告白は嗚咽の音に掻き消されて、彼には届かなかった。










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