果たしてあの頃の自分達は一体全体どうやって仲直りをしていたのだろう、幽は首を捻る。それこそ小さい頃から数えきれないほどの喧嘩を繰り返してきた。原因はどれもくだらない、取るに足らないものばかり。
原因もさることながら、その喧嘩の終着点、つまりはどうやって仲直りしたのかも覚えてはいない。ただ自然に、次の日には元通りだった。
子供は単純だった、そして簡単だった。だからこそ喧嘩は日常茶飯事であり、その喧嘩を積み重ねて相手との距離を縮めていくのだ。

それ故に、今、子供でもなく大人になってしまった自分は如何様にして兄と仲直りすればいいのか、皆目見当もつかないのだ。

(まだ、怒ってるかな)

原因はそれこそ忘れた。久方ぶりに再会した兄から「香水臭い」と言いがかりをつけられ、それに対して煙草臭いと言い返したところから喧嘩は始まった気がする。ちなみに静雄が言った香水臭さというのは、ドラマの撮影の際に共演した女優から移ったものだ。もっとも、弁明した程度で解決するほど兄弟喧嘩というのは簡単ではない。

携帯を開く、そしてまた閉じる。先程からそればかりを繰り返す自分に嫌気がさしてきて、幽はため息をつきたい気分になった。当然の事ながら、静雄からの連絡は一向に無い。もともと頻繁に連絡を取り合っていたわけではないが、それでもやはりどこか期待している。静雄から、謝罪の言葉がくるのではないかと。

もう兄に対する怒りは無い、あるのは気まずさと、寂しさだった。感情を表す事に不器用な自分では、謝るにしてもどうすればいいのか分からない。このままずっとこんな状況だったら。
そう考えると胸がどうしようもなく痛んだ。嫌だと、静雄に会いたいと強く思う。

「兄さん……」

呟いた言葉はしかしすぐに空気に溶けて消える。静雄の家の前で幽は今度こそため息を吐いた。インターホンは鳴らしたが、どうやら不在らしい。鍵はもらっていたが今はそれを使う事が出来なく、幽は扉に背を預けてしゃがみ込んだ。

怒ってるかな、許してくれるかな。

そればっかりが頭を占める。そしてようやく、自分はまだ兄離れが出来ていないのだと気付いた。




「おい、幽、幽!」

肩を揺さぶられてはっと顔を上げた。目の前には焦った顔をする静雄がいて、幽は自分が眠ってしまっていたのだと悟る。バツが悪くて俯くと、静雄が乱暴な手つきで頭を掻き回してきた。

「ったく、家の前に誰かいると思ったらお前だし、ぴくりとも動かねえからびびったんだぞ」
「あ……」
「体も冷えてるしよ……」
「……ごめん」
「いいから、とりあえず中入れ」

静雄に腕を取られて立ちあがった。無理矢理ではあったが兄なりに加減されていると気づいて、じわりと胸が熱くなる。
鍵を開けた静雄はそのまま腕を引いて家に入った。リビングに足を進める兄の背中に、幽は抱きつく。

「幽?」

不審がった静雄が足を止めて背後を見遣った。自分からこうして触れるという行為は珍しいを通り越してあまり無かった。だからこそ、兄も弟の滅多に無い行為に驚いているのだろう。
幽は静雄のシャツをくしゃりと握り締めて、震える声を絞り出した。

「……ごめんなさい」

しばらくは沈黙のみが二人を包んでいたが、やがてゆっくりと静雄が動いた。さして力を込めて抱きついていたわけでもなかった幽の腕を解くと、静雄は振り返り逆に正面から弟の体を抱き締める。

「……もしかして、この間の事気にしてたのか」

頷くとさらに力を込めて抱き締められる。ふわりと香る煙草の匂いに酷く安心した。先日静雄に向かって言った煙草臭い、という文句は本心ではなかったのだ。

「いや……俺もさ、悪かったこの間は。つまんねえ言いがかり付けちまってよ」
「……怒って、ないの」
「いつまでも引きずるほど餓鬼じゃねえよ。むしろお前の方こそ怒ってるんじゃないかって不安だった」

幽も静雄の背に腕を伸ばす。どうやら自分達は全く同じ事で悩んでいたらしい。さすがは兄弟、と笑うべきか。
だが今はそれよりも、酷く安心した。

(許してもらえた)

静雄の腕の中で、その事実に幽は微笑んだ。

「……お前から違う匂いがしてたからな」
「え?」
「いや、なんでもない」

体を離した静雄はどこか決まりが悪そうな顔をしていた。それに首を傾げるが、静雄は「飯食うだろ?少し待ってろ」と台所に消えていく。兄の温もりを名残惜しく感じながら、幽はリビングに向かった。
その口元を、微かばかり綻ばせて。










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