涙なんか見せない奴だと思っていた。涙なんぞいちいち流していたらこの世界じゃきりがない。そもそも泣くという行為その物の意味すら忘れている。ここに住む奴らはそんな奴らばっかりだ、俺も、そしてこの餓鬼も。
そうだと思っていたのに。

獲物を片手に血塗れの体で路地裏に立ちつくすこいつを見つけたのは、標的だったファミリーを全て殲滅した後だった。降り続けていた雨が幸いしたのか、子供の全身から漂うであろう血生臭さはあまり感じられない。
おい、と声をかけても子供は動かずにただ雨に打たれて立ち尽くす。子供が血塗れなのは返り血だけが理由ではないだろう、現に獲物を握る左腕はズタズタだった。傷の手当てもせぬまま彼はふらふらとその場に跪く。

「……先ほどまで、笑っていたんです」

路地の奥まった壁には死体が転がっている。頸動脈を切り裂かれた、まだ年端もいかない少女の亡骸に少年は膝をついて指を伸ばした。

「こんなにも汚くて、血にまみれた拙者を……綺麗だと言って、」

その指も血に濡れ少女の頬に赤い汚れを描く。少女もマフィア関係者の娘だったらしい。少年はこの少女と面識があった。よく顔を合わせる仲、だったらしい。遠巻きの暗殺部隊の俺にとっては知りもしない話だが。

「……すきだと、言ってくれたんです」

少年の声は雨音に掻き消されてしまうくらいにか細く、そして悲痛だった。俺は冷めた目で子供を見下ろしていた。少年は少女の、もう冷たく硬い掌をそっと掬いげる。

「ためらいもせずに拙者に触ってくれた人は、初めてだったんです」

その時初めて、少年が泣いている事に気付いた。雨に紛れてはいたがそれは確かに少年の双眸から流れ出ていて、頬を伝って亡骸の上に注がれている。
子供はそれからしばらくの間亡骸の前で静かに泣いていた。命乞いをする者が流す恐怖の涙、肉親に死なれた者が流す悲しみの涙、そのどれにも当てはまらない涙だった。悲しんでいるのか、それすらも危うい。悲しんでいるというよりは、どうなのだろう、憐れんでいるのかもしれない。
俺には、関係のない事だ。

「……貴方は、守りたいと思った人を殺めた事がありますか」

跪く子供の隣に立つ。見下ろした亡骸は今まで見てきたものと変わらない、ただの死体だ。
はっ、と俺は空を仰いで嘲笑う。

「守りたいもんなんざ、生まれてこの方持った事ねぇよ」

子供が手にかけた少女は敵だった、それだけの事だ。


あれから一年と半年が過ぎようとしている。
子供が泣いている姿を、俺はあの日以来見ていない。










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