抜けるような青い空だった。まるで綿菓子の様にふわふわした入道雲が空に浮かぶ。青と白のコントラスト、そしてその下には水平線。空の色よりももっとインディゴに近い青が、日の光を反射してキラキラと波の光を覗かせた。
白い砂浜を歩くのは、白よりもずっと白い人。
「正一、」
寄せては返す波に足を付けていたその人は気配に気づいたのか、こちらを振り返った。左目の下の刻印、それはもうない。ただ彼の足につけられた枷だけがその白い人の白い姿の中における唯一の違和感だった。
「今日も、来てくれたんだ」
白い人は笑う。ふと、ほほ笑む。何も考えず、何も背負い込まず、何にも絶望せず、ただ自然に浮かんだ笑み。
"正チャン"
底の読めない笑顔で僕の名前を呼ぶ彼は、もういない。
「こっち来なよ、気持ちいいよ」
その人はそう言って笑うと、再び僕に背を向けた。また波の動きに足を晒している。
(あの人、は)
彼は、結局解放されたのだろうか。
現実をゲームとしかとらえられず、世界に馴染めなかった寂しい人。一人でゲームを楽しむ事しか知らなかった、悲しい人。ゲームという現実さえ拒絶した、孤独な人。
彼は、解放されたのだろうか。
ゲームという檻の中から、解放されたのだろうか。
今、彼は幸せなのだろうか。
(分からない)
彼に幸せかどうかを問うても、それはもう無意味な事だった。今僕の目の前に居るのは確かにあの人だけれど、世界をゲームとしか見れなかったあの人ではない。
白蘭さんは、僕の知る白蘭さんは、もういない。
「正一」
正チャン、と、僕をそう呼ぶ事は二度と無いのだ。
「どうして泣いてるの」
「え……」
「正一は僕と一緒のとき、ずっと悲しそうな顔してるよね」
振り向いたその人は笑った。今度のはちょっと、困ったような笑みだった。
「正一にそういう顔されると、ちょっと嫌だな」
"正チャンに泣かれると、ちょっと嫌かな"
苦笑したその人の笑顔に、僕の知る男の顔が重なった。
「白蘭さん……」
「泣き止んでよ」
「はい……」
白い人は笑った。空は青かった。海は群青だった。砂浜は白かった。
僕と白蘭さんは、ただそれだけの世界に立ちつくしていた。