「そっちの方が向いてんじゃねえの」

ふとかけられた声にバジルは右隣りに現れた気配を見上げる。さらりとした銀髪が背中で揺れているのを見てため息をついた。目の前には優雅にワルツを踊る、着飾った貴族の群れ。

「おぬしこそ。転職すれば今よりも稼ぎがよくなると思いますよ」

皮肉には皮肉で返す。だが彼は気にした風もなくバジル同様人の群れを眺めていた。その口元には笑みさえ浮かんでいる。憤りを流し込むように、手にしていたワイングラスに口を付けた。
ダンスのためにと開けられたスペースの端には染み一つない真っ白なテーブルクロスの掛けられたテーブルがいくつか設置されていた。バジルが立っているのはその内の一つ、端の方に置いてあるテーブルの傍だった。

「……何でよりにもよっておぬしとなんでしょうね」
「そりゃあこっちの台詞だ。何考えてんだ家光は」
「そちらのボスも一枚噛んでいるとは思いますが」
「違ぇねえな」

夜と潮の匂い両方が含まれた風が二人の髪を揺らした。その拍子にバジルの膝丈の裾がふわりと浮かぶ。先程彼に揶揄された通り、この格好が自分に似合っているのだから救われない。似合わなければこのような任務に抜擢される事もなかったろうし、と思う。だが敬愛する師から言い渡された大事な任務だ、そのためになら恥など簡単に捨てられる。一つだけ気に食わない事があると言えば、やはりそれは隣の男の存在だろうか。

「本当に、黙っていれば文句は無いのに」
「お前もだろそれは」
「おぬしにだけです、こんな態度で接するのは」

後ろできちんと結わえられた髪と着こなされた黒いスーツが嫌味なくらい似合っている。普段暗殺者として剣を振るっているとは思えないほど、その姿は様になっていた。大人の雰囲気、というのに少しだけバジルは憧れた。自分には無いそれが、彼には十分備わっている。もしそれが自分に少しでもあれば、こんな格好はさせられなかったはずだ。
ワイングラスをテーブルに静かに置く。再び吹いた風にまた裾がひらひらと揺れた。赤と黒の生地で作られたそれはスカートと言うよりもドレスだ。履いているヒールは窮屈で、長時間の着用に足が悲鳴を上げている。髪飾りとして付けられた造花も女性用だった。
敵対マフィアがそれなりの頻度で催している船上パーティー。それに潜入しターゲットを暗殺する事がバジル達の目的である。

「……そう言えば、ディーノ殿は?」
「跳ね馬ならもう行った。そろそろ準備に取り掛かるらしい」
「そうですか」

貴族たちがステップを踏む中、その人ごみの向こうへバジルは目を向けた。屋外のダンス会場だ、当然海が見える。夜という色を吸収したかのように黒々と光る海面。これが夜明けと共にまた空の色に変わるのだから面白い。ぼんやりとしていたバジルの腕を、突然に隣の男が掴んだ。

「スクアーロ、」
「踊るぞ」
「は?」

何だと尋ねるより先に返ってきた言葉に一瞬だけ唖然とする。胸元に赤い薔薇を挿した彼はかなり低い位置にあるバジルを見下ろして微かに声を忍ばせた。

「……ダンスパーティーに来てんのに踊んなかったら不自然だろ」
「それはそうですが……踊れるんですか」
「お前とじゃ身長差がありすぎて不安だがな」

馬鹿にした言い方をされ微かにむっとするが、なるほど確かにそうなので余計な事は言わない。不安ならば自分ではなく別の貴婦人でも令嬢でも誘えばいいのに、と心の中だけで毒づくに留めた。先程から彼に向けられている好意的な眼差しを、気配に敏感な暗殺者が気付いていないわけがない。
バジルがそう思案しているうちに新しい曲が始まる。それに合わせて腕を取られバジルはうわ、と声を上げた。

「んだよ。色気のねえ声だすな」
「無理を言わないで下さい、声まで変えられるわけないでしょう」
「女らしくしてろっつってんだ」

ワルツなら嗜みとして師に教えてもらった事がある。当時は男の自分が何故女性役のステップまで覚えなくてはならないのか、大いに悩んだものだ。それがこういった場面を想定しての事だとしたら、己の師はさすがだとしか言いようがない。
それよりも驚いたのは、目の前の男が淀みも無くステップを踏んでいる、という事だろうか。ダンスという単語そのものに彼のイメージは不釣り合いすぎる。だが考えてもみればこれも暗殺者には必要な芸当の一つなのかもしれない。ダンスパーティーで要人暗殺、よくある話だ。

「……おぬしとダンスって、もしかしなくてもあり得ない状況ですよね」
「言うな。仕事だろうが」
「自覚は、あるんですね」
「そりゃあな」

踊るより人を切る方が断然楽しい、笑いながらそう零す彼はやっぱりパーティーなんか似合わない。いくら任務だからと言っても、だ。
バジルはエスコートされながら彼の胸元を見つめていた。腕をとる彼の手はいつもの黒い皮手袋に覆われてはいない。白いそれは感触さえもが違和感の元で、腰に回された腕もそうだった。全部が全部、作り物のような違和感。

「お前、」
「なんですか」
「こうしてるとマジで女みたいだな」

触れ合う温もりに無意識のうちに安堵していたバジルは、ヒールの踵で思いっきり彼の足を踏んづけた。










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