「……っの、ヤロウ」

がっちりと掴まれた右手首が痛い。加減なく握られた腕がギシギシと、まるで今のバジルの心のように軋んだ。

「人の顔見た途端逃げ出しやがって」
「お、ぬしが……追いかけてくるから」
「理由になってねえぞ」

背は向けたままだ、向き直れない。臆病な心を見透かしたかのように、スクアーロは手首を引いた。無理矢理体を向き合う形になる。でもやはり、顔は上げられない。

「諦めろ」

スクアーロはコートのポケットからきらきら光る指輪を取り出した。彼の髪のように銀色に輝く、眩しいリング。それがなんの躊躇いも無くバジルの左手の薬指にはめられる。それを呆然と、バジルは見つめていた。

「諦めて、俺のもんになれ」

力強い手がバジルの左手を掴んで離さない。誓うように指輪に唇を落とすスクアーロを、我に返ったバジルは振り払った。

「嫌だっ……!」

すぐに指輪を取り外そうとするも、それは両の手首を掴まれて叶わない。また引き寄せられる。顔を背けるのは最後の防衛手段だった。

「拙者は、おぬしとは一緒になれないっ……」

なりたくもない、涙をこぼしながら突き放すように訴える。こんなのは、駄目だ。祝福もされない、認められない、何より怖い。自分達の立場の上に成り立つ関係が、バジルは怖かった。
だからこの指輪も彼の言葉も思いも、受け入れられない。受け入れるのが怖い。

「いい加減にしろよ」

涙ながらのバジルの言葉に返されたのは、苛立ったようなスクアーロの言葉だった。思いきり体を抱きしめられる。苦しい程に手加減のない抱擁。そして、深い口付け。

「んっ……!」

体を微かに動かす事も出来ずに、ただスクアーロの唇を受け入れる。深いそれに息が苦しくなるも解放はされない。自分の涙と溢れる唾液が、気持ち悪い。

「……っ、は、なにを……」
「お前が馬鹿だからだろうが」

またきついほど、苦しいほど抱き締められた。逃がさない、そう言われているようだった。

「お前が怖がろうが嫌がろうが、んなのは俺には関係ねえ」

耳元に、彼の息が触れる。

「……俺はお前が欲しいんだよ」

だからお前の許可なんて必要ねえ、横暴な言いようにバジルは愕然とする。今ここで何を言おうと何をしようと、スクアーロにはこの腕を離すつもりはないのだ。

「で、も……」
「もう黙れ。お前は大人しく、俺のもんになりゃいいんだ」

逃がさねえ、呟かれた言葉に背筋が震える。自分はとんでもないものに捕まってしまったのではと気付いても、後の祭りだ。

ただ、涙の止まらないバジルの背を撫でるスクアーロの掌は、驚くほど優しいものだった。










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テーマ「人外ファンタジー」
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