どうやら、君には依存性があるらしい
「じゃあな」
あれ、と思った。銀色を揺らしながら歩いていく彼の背中を見て心がざわつく。
多忙の中に身を置く自分達は、時間を決めて会う事もままならない。そのくせアジトや任務先で偶然出会うという事も割とある。今のように。
スクアーロは行ってしまう、バジルには見向きもせずに。言葉を交わしたのは、実に三週間ぶりだった。
(なんだろう、これ)
忙しさの中で忘れていた、何か。気付いてしまってバジルは赤面した。頼むから、彼が振り返らない事を願って。
俺以外見るんじゃねぇ
誰かが通るかもしれない廊下。細い手首を壁に押し付けて、見下ろす。
「スクアーロ……?」
突然の事に驚いているのか、細い声で名前で呼ばれてスクアーロははっとした。
(何してんだ、俺は)
まるで子供ではないか、これでは。常日頃からバジルの事を子供だとからかっている自分も人の事は言えない。それでも咄嗟に、体が動いてしまった。
「……お前は、」
透き通った瞳に、何を言おうとしていたのか、スクアーロは自分で馬鹿馬鹿しくなってしまった。バジルが跳ね馬と立ち話をしていた光景は、今思い出しても腹立たしい。それを素直に言うつもりだったのだろうか、自分は。
(ああもう面倒くせえ)
とりあえず、無防備に開かれている唇に噛みついた。
相当侵食されていると思う、心の奥の奥まで
「っ……」
慌てて体を離した。己のとった行動にバジルは恥じ入る。目の前には珍しくも間抜け面をさらすスクアーロがいたが、生憎とそれをせせら笑う余裕は無い。
(拙者は、今何を……)
彼はソファに座っていた。自分も隣に座っていた。機嫌がいいのか、流暢に動く口から告げられる他人の名前が煩わしいと思ってしまった。それでとった行動が、あれだ。
自分は馬鹿か。この時ばかりは、スクアーロが自分に対してよく言う「馬鹿が」という言葉を否定できなかった。
「随分とまあ、積極的だな」
「……何も言わないでください」
「そんなに寂しかったか?」
「そんなわけないでしょうっ」
ああもうどうしよう、顔が上げられない。隣を見上げられない。
(嫉妬、だなんて)
自分には一生無縁だと思っていたのに。
「お前は下手くそなんだよ」
それが先程仕掛けたキスの事を言っているのか、それとも感情をうまく表に出せない事を言っているのかは分からない。
隣で愉快気に笑うスクアーロの隣は、酷く心地良いのだった。
目が合うと、どうしていいのかわからない
どきりとして顔を反らした。感じる視線が殺気にも似ていて、酷く落ち着かない。
家光の斜め後ろに控えながら、バジルは早鐘を打つ心を鎮めようと躍起になった。
己の師と話をしているザンザスの背後、自分と同じように控えている男。初めて見かけたのは対談の場だった。
それからも彼の姿はちょくちょく見かけた。ボンゴレのアジトで、ヴァリアーのアジトで、任務先で、街中で。
その度に合ってしまう視線に、バジルは怯えたように顔を反らすのだった。
怖い、のとは違う。けれどやはり彼の瞳は落ち着かない。心臓が、煩い。
「これは、病気なのでしょうか」
オレガノに相談すると、あっさりと肯定されてしまった。曰く、とても性質の悪い心の病だそうだ。
好きなのに、どうして傷つけてしまうのか
血を吐いて倒れた。それを受け止めもせずに見送る。
「さっさと話せば楽になるぜ」
「……話す事など、無い」
そうかよ、また剣を振るう。彼の小柄な体は簡単に吹き飛んだ。
不可解だった。自分達は言葉こそ求め合わなかったが、確かに想い合ってはいた。それなりに二人で過ごしていたし、それなりに大事にしてきていた。はずだった。
では何故、今自分はその大事にしていた彼に剣を向けているのだろうか。
答えは至極、簡単だ。
(敵だから、だろ)
抱き締めてやりたい、そんな衝動は、捨てた。
アイツなんかに近付くな
休暇が取れた、と言った。そしたら馬鹿みたいに受話器の向こうで喜ぶものだから思わず舌打ちする。
「そっちには明日帰る」
だから空けとけ、一言そう告げ電話を切ろうとすると、あ、と間の抜けた声が聞こえた。何だと微かに苛ついた声で尋ねる。
『すみません、明日は用事があるのでした』
「用事?なんだ、仕事か」
『いいえ。ディーノ殿と出かける約束を』
跳ね馬か、思わず携帯をぶん投げたくなったが留める。それよりもこいつに文句を言う方が先だ。
「ふざけんなよ、てめえ」
『申し訳ない。ですが前々から入れていた予定なので……』
「いや、そう言う事を言ってるんじゃねえ」
『はぁ。では、何故そんなに怒っているんですか?』
分かんねえのかこの馬鹿!
叫びは飲み込む。喚いている自分の方が馬鹿らしい。
「……いや、もういい」
『そうですか。では、申し訳ないですが明日は……』
「今からそっち行く」
はい?何か声が聞こえてくる前に電話を切った。反論なんざ聞きたくもない。
とりあえず、無自覚に邪魔な跳ね馬か、鈍感の極みのバジルか。どっちかぶん殴りに行こうと思った。今すぐに。
多分自分は、彼に心底惚れている
「バジル君ってスクアーロの何処が好きになったの?」
我らがボス、沢田殿綱吉からの質問にバジルはぱちぱちと瞬きをした。純粋に驚いたからだ。質問の内容に。
「と、言いますと?」
「なんか、バジル君の好きそうなタイプには見えなかったから」
スクアーロが、そう言われて考えてみれば、確かにと納得できる部分もある。乱暴者で凶悪で、思いやりの欠片もなく、剣に誇りかけている男。
正直に言えば第一印象はあまり良くなかったし、あの男と打ち解ける日がくるとは思ってもいなかった。
「さあ、何ででしょうか。拙者にも分かりません」
「そうなの?」
「はい。理由があるとすれば、それこそ"好きになったから"、ではないでしょうか」
ボスは大層驚いたようだった。
「スクアーロってバジル君の何処を好きになったの?」
用があって訪れていたボンゴレのアジトで、これまた偶然に出会った我らがボスからそんな質問を出会い頭にぶつけられれば、そりゃ誰でも驚くだろう。スクアーロも例に漏れず、驚いた。
「どういう意味だ」
「いや、だってスクアーロの好きそうなタイプじゃなくない?」
バジル君って、言われて考えてみればそうかもしれないと思った。強くは無いし家光に付きまとう姿は犬のようだし、マフィアのくせに甘っちょろい野郎だし。
第一印象は絶対に良くなかった。むしろ軽蔑さえしていた気もする。
「さあな、知るかそんなの」
「知るかって……自分の事だろ」
「好きになるのに理由なんかいらない」
「はぁ?」
「そう言う事だろ、結局は」
お前そんなキャラじゃないだろっ!
ボスは思わず叫んでしまうほど、驚いたらしい。
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