こいつはこんなに小っさくて細っこい奴だったろうか、スクアーロは自身の記憶を手繰る。だが十年も前の記憶など曖昧すぎる輪郭の中にしか無く、思い出す事は不可能だった。着流しを着たこいつは少し居たたまれないような顔でこちらを見上げている。身長差も、こんなにあったか?

「あの……」
「あぁ?なんだ」
「いえ、その……」

バジルは意を決して口を開いたがすぐにまた俯いてしまう。煮え切らねぇなぁと思い茶色い頭にがしっと手を添えて乱暴に掻き混ぜた。頭を撫でるには丁度いい高さだ。

「えっ、あ、あのっ、」
「さっきから何なんだテメェは。言いたい事があるならはっきり言え、」

いつものように、そう続けようとしてはたと大事な事に気づく。十年前、こいつらの話から察するに丁度リング争奪戦が終わった後。その頃から来たという事は、スクアーロはまだバジルとは何の関係にも至っていない。

(あー……それでこいつこんなに戸惑ってんのか)

敵対する集団だったはずの男からこんなに馴れ馴れしく触れられればそりゃあ混乱もするだろう、スクアーロは口の端を釣り上げた。バジルは手を振り払う事も出来ずにおろおろとしているばかりだ。何だか久しぶりな気がする、こういう反応も。

「あの、一つお尋ねしたいのですが、」
「一つでいいのかよ」
「いえ、もっとたくさん聞きたいですけどとりあえず一つ」

肩幅も腕も足も顔も満足に発達していないこいつは本当に男か女かよく分からない。当時はあまり思わなかったが今になると思う、可愛い。人間が小動物やぬいぐるみを見て可愛いと思う心理と同じだ。
スクアーロの心中など知りもしないで、バジルは必死に言葉を紡いだ。

「この時代の拙者とおぬしは……一体どういう関係なのですか」

関係、の部分で一瞬だけ顔を赤らめた子供にまた笑みが深くなる。こんなに初々しかったんだなと思わずにはいられない。おそらくバジルの頭の中でももう答えは出ているだろう、今の問いは確認のためのものだと推測される。そして、できればその答えが間違っていて欲しいという期待が、その蒼い瞳にありありと浮かんでいた。
それを裏切るようにスクアーロは身を屈める。無防備な顔に唇を寄せ右手で顎を持ち上げた。眼前に広がる蒼は確かな驚愕に染まる。触れるだけに留めて唇を離すと、彼の顔は面白いくらいに真っ赤だった。

「なっ、なにっ……!?」
「まぁ、これ以上の事はする関係だな」
「――――!?」

ショックを隠しきれないらしい、そこまで驚かれると逆にこっちが悲しくなる。そんなに俺とどうこうなるのが嫌なのかこの餓鬼、と言いたくなるのを抑えてもう一度キス。今度は速攻で振り払われた。

「っ、こ、この時代の拙者とおぬしがそういう関係なのは……いいです。けれど今の拙者は違います!」

軽々しく触れないでください!とスクアーロが見た事もないくらい憤慨するバジルに目が点になる。子供っぽい怒り方をするものだ、と思って苦笑した。そりゃそうだ、目の前のバジルはまだ十四歳なのだから。

「警戒すんな、なんもしねぇよ」
「ほ、本当ですか……?」
「昔ならまだしも今のお前に手ぇ出したら犯罪だろうが」

元から離れていた年齢差だったが、十年という月日がプラスされた現状では親子と言ってもセーフな領域にまで達している。確実に犯罪だ。もっともマフィアの自分達にしてみたらこの程度の事で犯罪になるという意識はないのだが。
頭の先から足の先まで、改めてじっと見つめる。低い背に細すぎる四肢、腕も足も頼りなさげな質量の肉しか付けていない、まるっきりの子供。

「……抱き心地も悪そうだしなぁ」
「な――――!」

呟いた言葉は聞こえてしまったらしい、バジルはまたもや赤面して激怒する。わなわなと怒りに震えながらこちらを睨みつける彼に、ふと今はいないこの時代の彼の姿が重なった。細すぎる腕を掴み軽く引き寄せるだけで子供の体は傾ぐ。胸辺りまでしかない体を腕の中で抱きしめた。

「っ、ちょっと……!」
「悪りぃ……少しだけ、な」

スクアーロの先程までとは違う声音に、彼も何かを感じとったのだろうか、暴れるのを止め大人しくなった。すっぽりと収まり隙間が出来そうなくらいに小さな体を抱きしめて、茶色の髪に鼻先を押しつける。

(……テメェは、ここにはいねぇんだな)

同じ人間だ、だが違う人間だ。この子供のいるべき場所は今のスクアーロの腕の中ではなく、十年前の世界なのだ。そして、おそらく十年前に飛ばされてしまったのだろうバジルのいるべき場所こそが、この腕の中なのだ。

(早く戻ってこい)

小さな体を抱きしめて切望する。子供の手は頼りなく、スクアーロの隊服を握りしめていた。




*緑川りん様へ






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