真っ青な空に滲む水彩絵具で描いたような雲。過ごしやすい気温も相まって、イタリアの街には穏やかな時間が流れていた。煉瓦の上を歩きながら無意識に人通りの少ない道を選んで歩いていたスクアーロは、海を見渡せる立地の元に作られた公園にふと目を留めた。ベンチと花壇が幾つかあるだけの、公園というよりは広場といった方が適したような場所である。その内のベンチの一つに見覚えのある茶色い頭が見えて足を止めた。

(あれは確か、門外顧問の……)

互いにボスの付き添いで顔を会わせた事はあるが、言葉を交わした事は無い。それでも家光の後ろに控えながらこちらを透き通るような瞳で観察していたあの子供の表情は覚えている。物怖じせず、ただじっと静かな眼差しを向けていた。

スクアーロは進行方向をくるりと変えその広場へと足を踏み入れる。すぐ傍には人の行きかう道路があるというのに、この一角だけは隔離されたかのような静寂と平穏に満ちていた。子供の存在がそうさせるのか、穏やかな海と咲き誇る花々がそう錯覚させるのか、判断はつかない。ただはっきりと分かったのは、ベンチに座ってじっとしていた子供の手には手折られた白い花が握られていて、それを彼が静かに見つめているという事だけだった。

「花占いか?女々しいな」

子供が振り向くまでの速度は速かった、声をかけたスクアーロの方が驚いてしまうくらい、かちりと互いの視線がかち合う。子供はスクアーロの姿を見るや否やさらに驚愕をありありと幼い顔に浮かばせた。

「貴方は……スクアーロ殿」
「名前は知ってるんだな」
「何故、ここに?」

彼も自分と同じく休暇中なのだろうが、休みの日に偶然出会う人物がスクアーロだとは予想しなかったに違いない。返事もそこそこ子供が座るにはでかすぎるベンチに腰を下ろした。彼はこちらに気を遣ってか微かに体を動かし距離を開けた。近すぎず、遠すぎない、相手に不快感を与えない距離感。

「で、お前は何してんだ」
「先に質問したのは拙者なのですが……」
「散歩。歩いてたらお前を見つけた」

それだけだと言い切ると子供はきょとん、と瞳を丸くする。あまりにも適当なスクアーロの返事をどう思って受け取ったのだろう、だが結局は言い返す事もせずに納得したのかしないのか、手元の花に視線を落とした。

「……実は、少し悩みがありまして」
「はぁ?」
「潮風にでも当たれば気分が晴れるかと思ったのですが……徒労でした」

大した理由は期待していなかったが、以外と言えば意外な言葉だった。興味本位で何悩んでんだ、とさして考えもせずに口にする。言葉を交わすのはこれが初めてという希薄な関係の自分が踏み込んだ質問をするのは、一般的にはよろしくないのだと思う。だが一般論などの垣根に括られているようでは暗殺部隊なんてやってられない。そもそも人の都合を考えるという事をスクアーロは日常の中でした事がなかった。

「スクアーロ殿にはお付き合いしている方はいらっしゃいますか?」

唐突な内容の言葉に一瞬だけ目を瞬く、だがやはりそれは一瞬でしかなくスクアーロは空を見上げながらベンチの背凭れに肘を掛けた。

「あー……今はいねぇな」
「……実は、好きな人がいるんです」

若干目元を赤くしながらはにかむ子供に、スクアーロは色恋の悩みかと微かに肩を落とした。今日は驚いてばかりだと自分でも思う、まさかマフィアに属する人間の口から直球でそんな言葉が飛び出してくるとは思わなかった。別に好きになるのは自由だ、どうこう言うつもりはないが。

「けれど、その方とはほとんど話した事もなくて、会う機会も全然無いんです」
「好きになったんならさっさと言っちまえ。こんな世界で生きてるんだ、次の機会次の機会なんて待ってたら一生叶わなくなるぜ」
「それは分かっています……けれど、その方はきっと拙者の名前も知らない」

目に見えて分かるほど痛切に落ち込む子供に、これだから餓鬼はなぁとため息をつく。いや、子供でなくともほぼ面識のない相手を好いてしった場合、想いを打ち明けるという行為はそう簡単にしないだろう。だが、先にも述べたように一般論などという言葉は自分の頭にはない。

「まどろっこしいなお前……」
「そうでしょうか?」
「だったらまずは名前を名乗りに行け、んでもって友達から始めましょうってお願いして来い」

投げやりな言葉に子供は呆れただろうか。暇潰しのために声をかけたスクアーロだったが、既にその心の中には飽きが見え隠れしていた。適当に話を切り上げてそろそろ帰ろうか、と思案し始めた時だった。隣に座っていた子供がすくりと立ち上がったのは。

「スクアーロ殿、アドバイスありがとうございます」

参考になりました、子供の表情はびっくりするくらい晴れやかだ。そーかよかったな、生返事をしてスクアーロも帰路につくため立ち上がる。

「あ、あのっ」

突然裏返った声で自分を呼びとめた子供は、何がどうなってそうなったのかは分からないが何故か顔中を真っ赤にして、

「せ、拙者はバジルと申します!よろしければ、お友達から始めて下さいっ」

ぶわりと吹いた潮風が子供とスクアーロの髪を靡かせる。子供の瞳は何処かで見た事があると思ったが、そうだ、眼前に広がる海の色と全く同じだ。

(こいつ、バジルっていうのか)

先程まで隣に座っていた子供――バジルの想い人が一体誰なのかをスクアーロが悟るのは、数拍遅れてだった。










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