「いい加減僕を通して青峰君見るの、止めてくれませんか」

珍しく一人で校門から出てきた黒子っちと、待ち伏せていた俺が半ば強引に隣に並んで帰路を歩いている時だった。
黒子っちの口から不意にそんな言葉が吐き出されたのは。

「え?」

俺は予想だにしなかった彼の言葉に、受け身を取る事も切り返す事も受け流す事も出来ず、間抜けな擬音を発してしまう。
黒子っちの横顔はいつも通りだった。特に何の感情も現れていない、いつも通りの表情。それがどうしてか、俺の心に焦りを生む。

「別に実害が及んでいるわけではないですけど、ちょっと迷惑です」

図星を突かれた俺の戸惑いなんか気にもしないで、黒子っちは言葉を続けた。

「なんで、いつから……」
「伊達に人間観察してませんから。強いて言うなら最初から、です」

こう見えて敏い彼の事だ、いつかは絶対俺の振舞いや視線の意味には気付いてしまうだろうと思ってはいたが、まさかこんなにも早く、そして唐突に見抜かれてしまうとは思わなかった。

浅はか、なのだろう俺は。今も昔も、変わらずに。

「火神君も薄々ですが勘付いていました」
「そう、スか……火神っちも」

隠しているつもりは無かったけど、気付かれたくはないと思っていた。だってこんなの、女々しすぎる。いくら黒子っちを構おうと、いくら火神っちを見つめようと、いくら試合中の二人に焦がれようと、昔の青峰っちが戻ってくる事はないのに。

分かって、いるのに。

(それなのに、止められない)

無意識に探してしまう。彼を、昔を、当時を。
また帰ってくるんじゃないかって、馬鹿みたいな希望に縋って探してしまう。

「君が青峰君の事をどう思おうがそれは自由です」
「……」
「けど、それで巻き込まれてる僕も火神君も、さすがにちょっと、不愉快です」

侮辱しているんだと、分かっていた。彼ら本人ではなくその彼らに重ねて別人のプレイを見ている。それはバスケを純粋に愛してやまない彼らへの、侮辱なのだ。

俺だってバスケが好きだ。こんなにも好きで熱中出来て夢中になれたスポーツはバスケが初めてだった。
だからこそ、その切欠を作ってくれた青峰っちを、探してしまう。

また彼と、バスケがしたい。彼と、戦いたい。

「黄瀬君」
「……何スか」
「もしかして落ち込んでます?」
「いや……ちょっと、反省してる」
「自覚はあったんですね」
「うん」

黒子っちがため息をつく気配がした。のろのろと首を彼の方に向ける。すると驚いた事に、黒子っちがじっと俺を見つめていた。
透き通るような眼差しは、全てを見透かしてしまいそうで、ちょっと苦手だった。

「別に、僕らは怒ってません」
「え?」
「確かに不愉快ではありますが、黄瀬君がこれから態度を改めてくれれば文句はないです」
「……けど、黒子っち」

俺、馬鹿だから。
きっとまた、青峰っちの事探しちゃう。居もしない彼の姿を、二人から探してしまうんだ。

「だから、どうして君は後ろしか見ないんですか」

ぴたりと、隣を歩く黒子っちの足が止まった。

「今の青峰君は、見てあげないんですか」

そこで俺も、ようやく足を止めた。
考えもしなかった。いや、考えなかったわけじゃない。ただ現実と向き合う勇気が持てなくて、それだけで。
変わってしまった彼と対峙する勇気が、持てなかった。
俺はずっと、昔に浸っていたかったんだ。バスケが楽しくてしょうがなかった、あの頃に。

「……勝てる、かな」
「さあ?」
「ひどっ!そこは冗談でも頷く場面じゃないっスか?!」
「そうして欲しかったんですか?」
「……いや」
「ならいいじゃないですか」

黒子っちが歩き出す。俺も歩き出す。また肩を並べて、帰路についた。

思い出した、気がする。俺が掲げていた目標を。
あの人と、バスケがしてみたかった。あの人に追い付きたかった。
そして、

(あの人を、超えたい)

昔を振り返る事は、すぐに止められそうにないけれど。
振り向いてばかりは、虚しいだけだから。

「俺、ちゃんと前見て歩くっス」
「……そうですね、それがいいと思います」

黒子っちは呆れたように笑った。俺も、ちょっとぎこちなくだけど、笑った。















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