ぽーん、会長の長い指が白鍵を一度だけ叩く。ピアノの前、椅子に座る僕の隣に会長は立ったまま会長は鍵盤を撫でていた。横顔を見上げると酷く穏やかな表情をしていて、僕も自然と笑みを作る。
不思議だ。昔は笑う事すら、意識しなければ難しかったと言うのに。

「やっぱ、俺が叩いても綺麗な音は出ないな」

ぽつりと漏らした彼はそのまま音もなく指を引く。鍵盤から離れた指を無意識の内に目で追っている自分に気づき慌てて眼をそらした。

「颯斗が弾くとすごく綺麗な音が出るのにな」
「綺麗……ですか?」
「ああ」

まるで本人みたいにな、掌が上から降ってきて髪の毛を撫でまわされる。この人は頭を撫でたり触れ合ったりという行為が好きのようだ、僕は一日に一回はこの掌の温かさを感じている。

「僕には会長の方が綺麗に見えますけどね」
「はぁ?」
「綺麗というか……輝いている、と言った方が正しいでしょうか」

特に全校生徒を前にした時の会長の表情は、とっても眩しくて好きですよ。
そう告げて彼を見上げると驚いた事に、会長は眼をまん丸にしていた。あまり見た事ない顔なのでしげしげと眺めていると、急に脱力したように肩の力を抜く。

「なんか……その、」
「はい?」
「嬉しい……かも」

屈託無く笑う会長に思わずどきりとする。この人は絶対、自分の容姿がいかに優れていてその不意打ちの笑顔がどのくらい僕を驚かせいるかなんて、知りもしないんだ。ただ、いつもは見上げるばかりだった先輩としての会長の子供のような笑顔を見れて、僕は満足だった。
そっと鍵盤に指を添える。弾くのはこの人が好きだと、綺麗だと言ってくれたあの曲。

「颯斗」

楽譜を二回ほど捲ったところで会長の手がそっと僕の掌を包み込む。必然的に鳴り止むピアノ。腰を屈めた会長からのキスを、抵抗もせずに瞳を閉じて受け止めた。視界の端で会長がピアノを蓋を閉めるのを見止める。

静寂と厳粛とも呼べるような空気が張り詰める音楽室に、場違いな程幸せな僕らが奏でる水音はやはり場違いだ、と思った。










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