よく貧血を起こすなとは思っていた。本人は昔からそういう体質なのだと言って肩を落としていた。貧血持ちでは何かと不便も多いだろうから俺も気にかけるようにはしていたつもりだ。時間的にも長く一緒にいるのは俺であったし、授業時間中はクラスの誰かしらは近くにいる。フォローはいくらでもしてやれると思っていたが、颯斗の抱えている問題はそれだけではどうにもならないものであると知ってしまった。それはあいつが今の今まで、ひたすらに隠し抜いてきた秘密だった。

青空颯斗は――吸血鬼だった。




月に一回程度の頻度で血が欲しくなる。体の奥底から沸き上がる飢えと吸血衝動を抑え込むため、あいつはずっと理性と本能の間で苦しみ続けてきた。血を求める本能を理性で抑え付けた結果が、貧血。我慢がならい時は己の肌を傷付け、美味くもないそれを飲んでいたらしい。前にみたあいつの左腕には包帯が巻かれていた。
授業時間中なだけあって廊下は静かだ。普段は喧騒の中に埋もれる自分の足音もはっきりと響いた。生徒会室の扉にはやはり鍵がかかっておらず、嫌な予感が的中したことに舌打ちをしながら扉を開ける。扉を開けた音、閉めた音、鍵をかけた音、中にいた人物は俺の登場に驚いて空気を震わせた。会長用の大きな机の影、そこで蹲る人は可哀想なくらい震え、己の肩を抱き衝動と闘っていた。

「颯斗……」
「会、長……」

荒い息を繰り返す彼は震える体を机に預け、己の中の本能を必死に押し殺そうとしていた。大分無理をしているのか顔色は蒼白で、目線を合わせるようにしゃがみ込んだ俺から怯えるように距離を取った。

「颯斗、」
「だめ、です……今は、近付かないで……」

涙目で訴える颯斗の声を無視してブレザーを脱いだ。ワイシャツのボタンも適当に外し自分の首元を晒す。突然晒された人の肌に颯斗は大袈裟に反応した。喉がこくりと鳴ったのを見逃さない。颯斗の腕を掴み抱き寄せた。口元を首に押し付ける。

「颯斗、俺の血を飲め」
「っ、嫌、です……」
「颯斗」
「僕は、貴方のことを利用したくはない……っ」
「俺は、それでもいい。お前のためなら血ぐらいいくらでもくれてやる」
「会長……」
「お前が苦しんでる姿は見たくないんだ……颯斗」

たのむから、耳に直接吹きかけるように哀願した。後頭部を掌で押さえ付け密着させる。もう片方の腕で腰を抱き血を飲むまでは絶対に離さないと態度で告げた。しばらくは腕の中で震えているだけだったが、とうとう本能には勝てなかったのだろう、間近で感じる人間の血脈についに颯斗は折れた。ごめんなさい、と泣きながら謝罪を口にし、

「っ……」

つぷりと犬歯を俺の肩に食い込ませた。痛みは一瞬、後は血を吸う音だけが室内に響く。

「んっ、ぅん……」

血を飲み飢えを満たしているというのに、颯斗は苦しげに、辛そうに血を啜っていた。それもそうだろう、こいつは自分の中の吸血鬼としての本能を人一倍嫌っているのだから。
肩には血だけでない水滴の感触がした。涙を落しながら、まるで罰を受けているかのように血を飲む彼の姿は、おそらく綺麗なのだろう。

「っは……」

控え目な食事を終えたのか颯斗の口は離れていった。傷口から垂れる血液を舌で拭いながら彼は泣いた。

「っ、ごめ、なさい……」

ごめんなさい、ただそれだけを繰り返して。
苦しむ姿は見たくなかったが泣かせてしまったのでは結局意味がない。だがそれでも俺はこの先もこいつの糧になり続ける。こいつがどんなに嫌がり抵抗しようとも、この位置を降りるつもりはなかった。
二人しかいない生徒会室、充満するのはふわりと香る甘い体臭と血の臭いと、泣き声。それら全てをもっと感じていたくて、俺は優しく憐れな吸血鬼を強く抱き締めた。





091225






人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -