もういやだ、と彼は泣いた。
彼が見つめている先にはいつもあの人がいた。ずっとずっと彼を見つめていたから分かる。彼はただあの人だけを見つめていて、決して俺の方を見てはくれなかった。けれど、あの人も、彼の方を見てはいなかった。
あの人の眼先に広がっているのは、この広大な学園の行く末、だけなのだろう。
彼はそんなあの人に憧れていた。そしていつしかそれが恋慕に変わった。
けれどやはり、あの人は彼の方を振り返らなかった。
「彼女が、出来たそうです」
ある日、屋上庭園の隅っこでぼんやりとしていた彼に近づいてみると、彼は俺の姿を見るなりそう言った。誰に、だなんて愚問だ。あの人に、だ。
「喜ばしいこと、だとは分かっているんです。けど……」
彼はそれ以上を言わなかった。俺はピンク色の髪に手を伸ばす。指先で弄ぶと、さらりとそれは流れた。
「無理すること、ないんじゃない」
「……」
「大丈夫、俺しか聞いてないから」
宥めるように頭をなでた。俯いている彼は肩を震わして、そして両の手で顔を覆った。俺は彼を抱きよせてひたすら背を叩いてあげることしかできない。
「もう、いやだ……」
胸の中で泣き崩れる彼はつらい、と。そう漏らした。
(ただ、そらそらには笑っていてほしいだけなのに、な)
それができない自分はちっぽけで無力なのだと、思い知った。
091224