日中は暖かいですね、背中に向かってやや大きめの声で話しかけるとそうだな、と会長の酷く楽しげな返事が聞こえた。途端、がたんと車体が大きく揺れ僕達を乗せて重苦しそうに走行している自転車が悲鳴を上げる。咄嗟に会長の腹に回した手の力を強めると悪い、とちっとも悪びれていない声が聞こえてきた。安全運転を心掛けて下さいよ、多分この台詞を言ったのは今日だけでもう五回になる。

「せっかくだから二人で行こうぜ」

どこから持ちだしてきたのか、会長は寮の前に停めてある自転車のサドルを叩きながら笑った。日曜日、珍しく取り立てて用事もないからという事で僕は会長の部屋に遊びに来ていたのだけど、不意にアイスが食べたいと思いそれを口に出してしまったのが事の発端だった。寒いからとこたつに入っているのにアイスを食べたいなんて、矛盾しているとは思う。けれどそれが日本人というものだろう。以前会長も言っていた。
アイスなど食堂か購買で買えば済むものを、何故か会長は部屋を出て行って次に戻ってきたときにはこうして自転車を用意していたというわけだ。

「……この寒い中、わざわざ街まで行くんですか」
「寒いからこそ体を動かすんだろ?部屋に籠りっぱなしってのも体に悪いしな」
「会長が体に気を遣う場面を初めて見ましたよ」

はっきりとした悪意を滲ませて毒づくが、会長は全く気にしていない。自分がこうと決めた事は全力でやり抜く人だ、それが面白い事ならば尚更。
結局会長の思い付きに渋々ながら了承の意を表示してしまう僕も悪いのだろうけど、彼には甘いという自覚は自分でもある。この際そこは目を瞑ろう。

「で、二人でどうやって行くんですか。自転車は一つしかありませんよ」
「俺がこぐから颯斗は後ろ乗れ」
「……正気ですか?」
「なんだ?何か問題でもあるのか」

僕が後ろ、冗談じゃないとまではいかないがやはり、抵抗はある。何より自分の乗る乗り物の舵を他人に任せるというのが不安だ。僕が前では駄目ですか、尋ねると会長は止めとけと苦笑した。

「お前自転車乗れるのかよ」
「…………」

返す言葉が見つからなかった。


不本意ながら自転車の荷台に跨っている僕とは対照的に、会長は終始ご機嫌だ。そんなに自転車が好きなのだろうか。確かに寮生活の僕らにしてみれば自転車というのは縁が無い。浮かれるのも無理はないが正直運転にはもう少し気を遣ってはくれないだろうか。

「一樹会長、」
「んー?なんだ颯斗」
「自転車、そんなに楽しいですか?」

運転と言う役割の無い僕はただ流れる景色に目を走らせる事ぐらいしかやる事が無い。冬の合間に覗かせた陽光は今朝には凍りついていた道路を溶かし酷く穏やかな空気をもたらしていた。肌を刺すような凍てついた空気ではなく、柔らかい涼風がまるで春風のようにさえ感じられる。酷く麗らかな空気の中、会長はバーカと笑った。

「お前と一緒なんだ、楽しくないわけないだろ」

役得だしな、快活に笑う会長の思惑通りになってしまうのは癪だったが、僕はぎゅっとしがみ付くようにして服を握る。背中に顔を押しつけて、言いようのない気持ちをやり過ごそうとした。耳に熱が集中する、マフラーに埋めた顔は朱が差しているかもしれない。彼は時折意図してか、ものすごい爆弾を投下してくれる。きっと本人にしたら何て事ない言葉に、たったそれだけで一喜一憂する自分が馬鹿らしかった。

「……会長」
「ん?何だ」
「……やっぱり何でもないです」

それでも、彼の言葉に嬉しさを感じて満たされている自分は、嫌いじゃない。照れ隠しに転ばないで下さいよ、そう言って瞳を伏せた。
心なしか、空気が甘いような気さえする僕はとんだ乙女思考だと思った。

「うおっ!」

そんな空気を引き裂く衝撃が僕達に襲いかかる。がっしゃん、一際派手な音を立てて自転車は転倒、溶け切っていなかった氷にスリップしたらしい車体は横に横転しながらカラカラと虚しいタイヤの音を響かせていた。

「……あれだけ安全運転と言ったのに」
「悪い、すまん。完全に俺の過失だ」
「別にいいですよ」

背中には冷たいアスファルトの感触、視界の端には自転車、目の前には青い空と、会長の顔。庇われたのか痛みはまるで無い。

「怪我は無いか?」
「大丈夫です。会長は?」
「俺も平気。それよりお前に怪我が無くてよかったよ」

寒空の中いきなり外に連れ出され、アイス一つのために長い距離を走り、挙句転倒。自転車の籠に放り込んでいたアイスの袋は道路に投げ出されてしまっただろう、中身がどうなってしまったのかは想像に難くない。

(まさに踏んだり蹴ったりですね……)

冷たいアスファルトの上に二人して座り込んで倒れた自転車の横で空を見上げて笑い合う。
それでもまぁ、こんな休日も悪くない。










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