暑い。本気で。暑い。死ぬんじゃないかってくらい、暑い。

日本の首都東京。昼間には日本の人口の三分の二が集まると言われているこの大都市は大都市に見合うだけの建築物が所狭しと建ち並んでいる。右を見ても左を見ても上を見ても横を見ても、ビル。ビルビルビル。まさにコンクリートジャングル。それらが引き起こすヒートアイランド現象は、まだ六月にもなっていないという現在の五月下旬にして既に真夏並みの気温をここ、池袋にも齎していた。

(あつい……)

仕事机に座って只管ノートパソコンのキーボードをタイプしていた手を止めた。暑くて頭が回らない。というより集中力が続かない。まじ暑い。死ぬ。殺される。地球という存在に殺される。
大分いい感じに茹であがってきている頭はどうにも限界の様で、このまま仕事を続けるには支障きたしそうだ。
職場であるこのオフィスも毎年夏になれば冷房がつくのだが、今年は何故か世間的に湧きあがった節電ブームに便乗したらしく、六月を迎えるまでは冷房を付けないなどと社内に通達を出たのだ。その文書を見た瞬間、社員の間に湧きあがったのは重苦しいため息意外に他ならない。その分今年は早めにクールビズが始まったが、とてもじゃないが暑い。ノーネクタイだけで乗り切れるほど、今年は甘くない。

(あつい)

もう駄目だ。溶けてしまいそうだ。このまま僕の体は溶けてしまうんじゃないだろうか。

(ちょっと休憩しようかな)

ずり下がってきたワイシャツの袖をまくり直して、僕は席を立った。オフィスのある階のすぐ下の階の北側に、自販機コーナーがある。あそこはあまり日も当たらないためひんやりとしていて涼しい。オフィスから少し距離があるためあまり他の社員は近づかないが、だからこそ僕だけの特等席だったりするのだ。

熱気のこもったオフィスから廊下に出るだけで大分違う。そのまま階段を下りればさらに涼しさは増して、ほてった体には心地よい冷たさだ。

「竜ヶ峰君も休憩?」
「折原さん、」

自販機コーナーには既に先客がいた。煙草を吸っていたらしいその人は僕が来たのに気がつくと、自販機の傍にある灰皿に煙草を押し付ける。こんなにも暑いのにそんな気配は微塵も感じさせない、いつだって涼しげなその人は、部署は違えど何かと僕によくしてくれる、僕の一応の上司に当たる人物だ。

「折原さんも休憩ですか」
「まあね。ちょうど今大仕事がひと段落ついた所でさ」
「そういえば、最近ずっと残業でしたね」
「うん。今日は久々に定時で上がれそうだよ」

むしろもう帰りたい、くつくつと笑う折原さんを横目に、僕は自販機にコインを入れてお茶を購入する。
折原さんもクールビズにのっとって、上着は来ていない。ネクタイも付けていない。いつもきちんとした格好をしているだけに、その姿は新鮮だ。ラフな格好の折原さんはどこか変な感じがする。

「……さてと、そろそろ戻るよ」
「はい、お疲れ様です」

折原さんが離れる気配がする。彼には目もくれず、僕はお茶のペットボトルのキャップを捻った。そのまま口を付けようとすると、突然二の腕を掴まれる。へ?と声を出す間もなく、引っ張られた。問答無用で。引っ張っているのはもちろん、折原さんだ。

連れ込まれたのはすぐ傍にあるトイレだ。個室に押し込められて、割と広くて綺麗な室内の壁に突き飛ばされる。突然の事に目を白黒させていると、後ろ手に鍵をかけた折原さんがくつくつと笑いながら、僕に視線を向けた。

「君さぁ、自分で気付いてるのかな」
「な、にを、」
「どんな目で俺を見てるのか」

発情してますって顔してるよ、言われて、かっと頬が熱くなった。口をぱくぱくさせると、折原さんが近づいてくる。大して開いていなかった距離が詰められ、顔の脇の壁に手を付かれた。

「なに?そんなに俺のノーネクタイに見惚れたの?」

何も言い返せない。しかし僕の考えなど全てお見通しだと言うように、折原さんはまた笑う。至近距離折原さんの笑みは、心臓に悪い。それに、その、さっきからちらちらとしている、シャツの襟元から覗く、鎖骨も。
大分、というかかなり、心臓に、悪い。

「竜ヶ峰君てばやらしーんだー」
「っ、ちがいます、ぼくはっ」
「違うの?」

意図して作られたとは分かっているけれど、色気と艶をふんだんに含んだ顔と声で迫られてしまえば、僕は言葉に詰まるしかできない。
その、認めたくは、ないけれど。

……ノーネクタイの折原さんに見惚れたって言うのは、事実だ。

でもだからといって、発情してます、なんて顔に書いたつもりも無ければ、発情しているつもりだってない。折原さんは僕の顔をなんだと思っているんだ。というかそんな風に見えたのだとしたら、この人の目は相当に悪いんだそうにちがいに違いない。

「俺裸眼だよ。視力どっちもAだし」
「人の心の中を読まないでくださいっ……!」
「だから君が分かりやす過ぎるだけだってば。自覚はしてないんだろうけど、顔に出過ぎ」

俺にこういう事されたくないなら、少しは隠す事を覚えたほうがいいよ。
折原さんの手が問答無用で僕のズボンからシャツを引きずり出した。まさか、と思うもそのまさからしく、なんとこの人ベルトまで緩めだしたではないか。

「ちょっ、折原さんっ……!」
「あんまり騒ぐと声、漏れるよ」

脅すように囁かれて慌てて口を噤んだ。声が漏れる云々の前に、ここは職場で、しかも今は仕事中で、にも関わらず致そうとしている折原さんが信じられない。変な人だとは思っていたけれど、良識とか常識とかそういうものを持ち合わせている人だと思っていたのに。それともそれは、僕の思い込みだったのだろうか。

「っ、ぅ……」

緩められたズボンと下着の中に手が入り込んでくる。迷うことなく性器を掴んだその手を跳ねのけようと手を伸ばすも、中心を軽く擦られてしまえば力は抜けてしまう。その間にも折原さんは片手で器用に僕のシャツのボタンを外して、剥き出しになった首筋に舌を這わせてきた。

「あ、ゃっ……!」

声は出すまいと唇を噛み締めるが、折原さんは僕を嘲笑うように手の中の性器を弄ぶ。今にもへたり込みそうな体はしかし、折原さんの足が僕の足の間に入れられてるせいで座り込む事も許されない。

「ふっ、あ、おりっ、はら、さっ……」

ぐじゅぐじゅと水音を立て始めた下肢から目をそらして、どうにか折原さんの名前を呼ぶ。けれどそれを強請っていると勘違いされたのか、そんな声出さなくてもちゃんと最後までシてやるよ、とおおよそ見当違いの事を言われさらに激しく性器を扱かれた。

「うっ、あ、ああっ、んっ、」

気を抜けばすぐに声が口から漏れだして、ここは職場なんだと慌てて理性が僕の脳に訴える。

(あ、つ、)

体の熱を無理矢理に上げられているせいだけじゃなくて、そう、ここはトイレなんだ。冷房なんか入っていない、そりゃオフィスに比べたら多少はひんやりしているかもしれないけれど蒸し暑さ満点のトイレ、しかも個室だ。そもそも僕は暑くて今にも溶けそうな位限界だったから飲み物と涼しさを求めて休憩に来たわけで、っていうかさっき買った砂漠のオアシスにでも匹敵するお茶はとごにいったんだっけとぼんやりしながら思考をさかのぼる。多分、トイレに詰め込まれるどさくさで落としたのだろう、もったいない、僕はまだ一滴だって飲んじゃいないのに。

「おり、はらっ……さ、あつ……」
「ん?まあ、そうだよね、こんな暑い中セックスなんてしてたら、そりゃ暑いだろうね」
「……うっ、あ、んんんっ!」

ぐりぐりと先端に爪が食い込んだと思った瞬間、もう片方の折原さんの指が後ろに伸ばされ唐突に押し込まれた。滑りも何もない指はしかし、この暑さのせいか前を弄られている気持ち良さのせいか、普段よりも緩んだ入口に拒まれる事なく奥まで押し入ってくる。
僕の体を僕よりも知り尽くしている彼は迷うことなく前立腺を抉って、擦って、僕の体を快楽の底に突き落としていった。

「あっ、ゃっ!……ん、んんっ、ひっ!」
「、なに、イきそうなの?嫌がってた割に、乗り気じゃん」
「ちがっ……あ、あぅっ、だめ、やめ……っ」

前を扱かれ後ろを拡げられ、もう大分意識がもうろうとし始めた頃、後ろから指が抜けてく。後少しで達せたのに、そう名残惜しく感じてしまったのはあれだ、僕の体が浅ましいとかじゃなくて、暑さで頭がやられてしまったからだ。だからそんな馬鹿みたいな思考をしてしまったんだ。そうに違いないそうだと思いたい。っていうかそう思いこまなきゃやってけない。

「帝人君、」
「っ!」

耳元に直接吹き込む様な低音が、僕の名前を呼ぶ。普段の軽く涼やかな声で竜ヶ峰君、と呼ぶのではなく、色気と艶をふんだんに含んだ、欲情してますって声で、僕の名前を。

「名前、呼んでよいつもみたいに。そしたら後ろ、あげるから」
「ぅ……あ、」

ちらりと見上げた折原さんの頬は、上気していて額も汗ばんでいた。いつもはきっちりとされたネクタイの下に隠れて見えなくなっている折原さんの首筋に、自然と目が行く。こめかみ辺りから流れた汗が顎を伝い、首筋まで落ちていく様を眺めていたら、無意識に後ろがずくりと疼いた。
暑さでおかしくなったのは僕の頭だけではない、僕の体も暑さでおかしくなっちゃったんだ。

だからこんな、

「っ、いざ、や、さ……いれて、くださっ、」

とんでもない発言も、してしまったんだ。

「っいいよ、好きなだけやるよ……!」
「くっ、あっ!ああ、ひっ、やぁっ!」

ぬちゅりと押し込まれた熱は熱くて硬くて、体の温度もさらに上昇する。もう自分の体が炎にでもなってしまったかのような暑さだ。
ぐちゃりと最奥を突いた熱はそのままずるりと入口付近まで抜かれ、中をまんべんなく擦るような動きに変わる。ただでさえ指で擦られただけで背筋が反り返るのに、臨也さんの性器でそんな風に抉られれば快感は指の比じゃない。

「あああっ!、ゃっ、ら、あぅっ!うぁあっ!」

もう声を抑える事も出来なくて、無我夢中で臨也さんの背中に縋りついた。そのまま剥き出しの首筋に顔を押し付けて、声を抑えようとする。首筋から香る汗の匂いと臨也さんの匂いに視界がくらりとして、あ、ヤバイと直感がそう悟った。

「んんっ、ん、ん、……っは、だめっ、やぁっ!」
「、なにが、」
「……っ、あ、つい……!」

蒸し暑い、というかもう体全身熱い。繋がってる後ろが火傷してるみたいだ。臨也さんが肌をなでるそれだけで、まるで発火したように触れられた個所が熱くなる。

「しん、じゃ、う……!」
「っ大丈夫だよ、人間そんな柔じゃないから」

けれど臨也さんは腰を打ちつける動きを止めようとしない。入口付近を抉っていたと思ったら、今度は勢いを付けて奥まで性器が押し込まれる。引き抜かれて、奥まで突き上げられて、それの繰り返し。内壁を擦られる度に湧きあがるのがどうしようもないくらいの気持ち良さだなんて、いよいよもって僕の体は馬鹿になっている。

「くっ、あああっ、んぅっ!ん、くっ……!」
「、出すよ、帝人君……っ」

切羽詰まったような声で囁かれたと思ったら、一瞬視界が真っ白になった。まるで何かが頭の中ではじけたような、そんな感覚。その一拍後に苦しいくらいの解放感が押し寄せて、ああ、達したのかと自分の体でないような錯覚に陥りながら臨也さんの首筋から顔を離す。
苦しい、苦しい射精だった。気持ちいいんだけど、気持ち良すぎて苦しいというか、とにかく快感に比例した苦しさとだるさを感じる。

「べたべたになっちゃったね」
「ぅ……ぁ、……」
「帝人君……?」

あれ、変だな。焦点が定まらない。視界が歪む。臨也さんの声も、遠くに聞こえる。っていうか体の感覚がない。おかしいなあ、気だるさだけはこんなにあるのに。

「帝人君、おい、ちょっと……!」

臨也さんが何か叫んでいるような気がしたけれど、それすらももう聞こえなかった。ああ、これが熱中症なのかな、と初めて体感するそれに若干の感動を覚えながらも、僕は意識を失う寸前心に誓う。




(もう絶対、臨也さんに見惚れるもんか!)




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(08/21)






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