※ヨシヨシが罪歌の子供


暗い、暗い、黒い。不気味な程に暗く黒い闇が渦巻くのは、果たして己の錯覚だろうかと静雄は瞠目する。否、錯覚ではない。確かに暗い、黒くて、深い闇。公園内に灯りが全く無いわけではない、なのに静雄にはどうしようもなく暗く黒い闇がそこに在ると、思えてならなかった。

「駄目ですよ、静雄さん」

暗くて黒い闇の正体は、闇なんかとは対照的な程白いパーカーを着る子供だった。正確に言えば、その子供の纏う雰囲気というか、空気というか、そういったものが、この不気味な闇の、正体だ。だが別に、子供が黒いわけでも闇を生み出しているというわけでもない。もっと別の、そう、オーラとでもいうべきか。子供から発せられるそれが、どうしようもないほどの闇を、静雄の精神に刻みつける。

子供は、赤毛だった。白いパーカーによく映える赤毛と、くったくのない静雄をからしてみれば犬の様な笑みを浮かべる、少年だった。
けれど今、目の前に立つ子供は姿かたちこそ静雄の知る"三好吉宗"であるのに、明らかに"三好吉宗"その人ではない。これは静雄の第六感とでもいうべき部分が感知するでもなく、彼を少しでも知るものであれば一目で判別できるだろう程の、違いだ。

「動いては駄目です」

三好は笑っている。くったくなく、とは少し違う、涼やかではあるのに、どこか含みのある、笑み。明るくて太陽みたいでほんわかしていて、見ているだけで気分が温かくなる、そんな常の三好が浮かべる笑みではない。子供が浮かべるにしてはあまりにも不釣り合いな、不気味な笑顔だった。

「僕が傷ついたら、静雄さんは困るでしょう?」

三好の右手には、これまた子供には不釣り合いなナイフが握られていた。そしてそれは、ひたりと、三好の首筋に宛がわれている。静雄は三好が言うまでも無く、下手に動く事が出来ない。何故ならば、静雄が少しでも動けば、それこそ指の一本でも動かそうものならば、三好は躊躇いなく自身の首をナイフで掻き切るだろう事を、知っていたからだ。

三好の目は、赤い。
赤くて暗くて、そして赤い。
赤い、赤い。

血の様な、赤。

「愛してます、静雄さん」

愛を囁く赤い目に、静雄は嫌というほど覚えがある。

(まじかよ……)

信じたくない、信じられない。まさか、そんな。三好が、よりにもよって三好が。

あの妖刀に、支配されるなんて。

「だから、愛して下さい。愛し合いましょう。愛してます、静雄さん」

ふらふらと三好の足が動き出す。こちらに近づいてくる三好の目は、相も変わらず赤い。首に宛がわれたナイフもそのままに、三好は近づいてくる。

否、"罪歌"が、近づいてくる。

(……ふざけやがって)

ぎりっ、と噛み締めた奥歯が音を立てるのにも気づかなかった。
あの妖刀は、知っている。静雄は三好に手を出せないという事を、三好が静雄にとって大事な人間であるという事を。知りながら、ああして支配して操って、三好を盾にして静雄を"愛そう"としているのだ。

「動かないでくださいね、静雄さん。大丈夫、すぐ終わります。そうしたら、静雄さんも、僕も、幸せになれます」

罪歌の言葉なのか、三好の言葉なのか。一瞬、静雄には判断できなかった。三好の体を支配しているのは罪歌であると理解しているのに、それがまるで三好の言葉の様に思えて、ならない。
幸せになれる。それは、静雄と両想いになる事を、三好が望んでいるようにも捉えられた。

三好はもう、静雄の目前まで迫っていた。静雄は依然、動けない。三好の首に凶器が突き付けられている限り、下手には動けない。

「静雄さん、愛してます。愛してます、愛してる」

三好の、罪歌の笑みが深くなった。もう二人の間には数十センチの距離しかない。ちょっと腕を伸ばせば触れられる、そんな距離だ。

「愛し合いましょう」

三好がナイフを振りかぶった。近すぎるこの距離では、三好がいくらナイフの扱いに疎いと言えど外す事はないだろう。それはつまり、近すぎるこの距離では、静雄にもナイフを避ける術はないという事だ。
ナイフは真っ直ぐに、静雄の体、左胸に振り下ろされる。服を裂き、肌を切りつけ、そして、罪歌の愛は、完成する。



はず、だった。

「っ!?」

三好の顔に張り付いていた笑みが、この時初めて崩れた。笑みは消え、代わりに驚愕がその表情を彩る。

静雄は、振り下ろされ胸を突き刺す寸前だったナイフを、止めていた。三好の手首を掴んで、寸前のところでその凶刃を、回避したのだ。

「……傷つけるわけ、ねえだろ」

三好の細腕を折らないように加減しながら、それでも強い力で握る。爆発しそうな怒りを声を出すことでどうにか抑えながら、静雄は三好を、否、罪歌を睨んだ。

「こいつはよ、自分が傷つく事より他人が傷つく事を嫌うような奴なんだ。自分の事みてえに痛い顔して、傷ついた顔すんだ。馬鹿みたいにお人好しで、優しくて……そんな奴に、人を、他人を傷つけさせる真似なんか、絶対させっかよ」

優しくて、あったかくて、日だまりみたいで。一緒にいるだけで心が温かくなる、そんな子供だった。喧嘩なんかできる程腕っ節があるわけでもないのに、人が困っていれば例え危ない状況にでも身を挺して守ろうとする、そんな子供。

こんな自分を、恐れないでいてくれる子供。

「こいつの手だけは、絶対に汚させない」

大事で大切で、初めてこの力で、守りたいと思った子供。壊す事しかできない静雄が、ただ一つだけ守りたいと願った、存在。
守りたいんだ、悲しい思いも苦しい思いもさせたくない。
ただ笑っていて欲しい。願わくば、自分の隣で。

「妖刀なんかに、くれてやるか」
「し、ず……」
「返してもらうぜ」

握っていた手首を引っ張った。とうとう指圧に耐えきれず三好の手からナイフが零れ落ちる。それを視線で追う三好の唇を、塞いだ。

「…………っ!」

逃げようともがく体を片手で簡単に抑え込んで、背中を引き寄せた。震えているのは、罪歌なのか、それとも三好なのか。それは分からなかったが、ただ一つだけ、静雄にも確信できた。

ぽろりと、見開いていた三好の目から零れた涙は、間違いなく"三好吉宗"の涙なのだと。

「し、ずお、さ……」

唇を離した後、ぽろぽろと見開いた目から涙を零す三好は呆然と、静雄を見上げていた。その瞳はもう、不気味な赤には染まっていない。いつもの三好の、瞳だった。

「ごめんな、三好」
「、え?」
「あんな刀になんか、もう頼んな」


「んな事しなくても、俺はお前が好きだから」


決壊したダムの様だ、と静雄は思う。声を殺しながら静雄の胸で泣く子供は、震えていた。ごめんなさいと、嗚咽の間から謝罪が聞こえる。別に、謝る事なんて何一つないのに。


まるで子供が宝物を手放すまいとするように、静雄は子供の体を抱きしめて、言った。




(あいしてる)




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(08/21)






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