噎せ返る埃臭さ、割かし近いグラウンドの喧騒、青臭い匂いと汗臭さ、全身を翻弄する熱。気にかかる事は幾多あれど、その全てに余所見をする余裕を吉宗は許されない。はあはあと息を吐きながらなおかつ声を抑えるのは難しく、吉宗は必死に喉奥へと悲鳴を飲み込む事に集中する。

「、三好、」

低く掠れたテノールが己の名を呼び、つむっていた瞳をゆるゆると持ち上げた。我が身を好き勝手にする男の金糸の如き髪色が眩く、薄暗い体育倉庫内でも不思議と鮮明に色が認識できる。吉宗は無意識にその金色に手を伸ばすと、さらさらと感触を楽しむように指に絡めた。染めている割に痛みの少ない男の髪は、ワックスでべたつく事も無く指通りが心地いい。それにどうしてか安心した瞬間、吉宗の体に埋まる質量がさらに肥大したのを幼い子供は感じ取った。

「っ、ぅぁっ……」
「、ばか、煽んな」

また足を肩に担がれ、男、否、自身の教師である静雄は殊更深い繋がりを求めて腰を揺する。決して大きくはないが小さくも無い水の音が聞こえる度、吉宗は羞恥でそれこそ消えたくなるのだが、やはりそんな思考ができる余裕が残っているのは最初だけだ。今はただ、僅かに残った理性が懸命に、せめて声だけは抑えろと警告してくるのを順守するほかない。

「ぁ、うっ、ああ、あっ……」

静雄という男の琴線が一体何に触れるような仕組みになっているのかを、付き合ってそう日は浅くないはずの吉宗は未だに分からなかった。今日も今日とて、四時間目の体育の授業で行われたサッカーの後、体育委員だからという理由で後片付けを手伝えと言われた吉宗は素直にそれに応じ、そして体育倉庫の埃臭いマットの上に押し倒された。日の光を嫌ってなのか単に表情を隠すためなのか、静雄が普段かけているサングラスの奥、瞳がぎらぎらとしていたのを吉宗ははっきり覚えている。
ハーフパンツと下着は片足にかろうじて引っかかってはいるが、半そでのシャツと長袖のジャージはもしかしたら吉宗が何度か吐き出してしまった白濁で汚れているかもしれない。しかしそれを気にする余力のない吉宗は、静雄の揺さぶりに意識を飛ばさぬよう縋りつくので精いっぱいだった。

「ん、んん、ふ……んっ、くぅ」

四時間目の後は、昼休み。当然の事ながら、グラウンドに出て遊んでいる生徒もいる。現にその声が体育倉庫にまで聞こえてきているのだから、人の気配がすぐ傍にあるのは明白だ。
もし、ここに人がやってきたら。もし、自分の声が外部に漏れていたら。
手の甲に噛みつきながら声を押し殺すが、そんな吉宗の細い手首はあっさりと捕まえられてしまう。

「声我慢すんな」
「っ、でも、せんせっ……ひと、」
「誰も来ねえよ……いいから、聞かせろ」

また深くまで熱が押し寄せる。吉宗は背を仰け反らせながら、咄嗟に唇を噛み締めた。しかしそれすらも「こら」と咎める静雄により阻まれる。静雄に駄目だと言われれば吉宗は逆らう事が出来ない。それは一重に彼が吉宗の"教師"であるからかもしれない。先生の教えは素直に聞く。ある種学校に通う生徒としては当たり前であるそれを、こんな場面でも律儀に貫いてしまう吉宗は、本人に自覚はないがよっぽど素直な性分であった。

「あっ、……んっ、あ、ああ、うぁっ!」

半そでのシャツの襟部分を引き下げ、静雄はおもむろに吉宗の首筋に噛みついてきた。強めに歯を立て跡を残し、そしてその後は肌に柔く歯を立てて回る。
静雄がこうして、行為の最中に噛みついてくるのは珍しい事ではない。本人も自覚していないようで、どうやら癖のようである。決まって首から肩にかけてに噛みつかれるものだから、吉宗の体から静雄の歯形が消えた事はほとんどない。それなりに強い力で、そしてそれなりの頻度でこの行為を繰り返している証であった。

「ゃぁ……せん、せぇ、いたっ……」

毎回のように痛みを訴えても、聞こえていないのか無視しているのか、静雄は止める気配がない。その内痛みすら快感の様なものになり変わるから、吉宗はそれが怖かったか。噛みつかれ、痛みを与えられるよりも、痛みすら快楽と受け入れるようになる自身の変化が、怖かった。

「ああっ!……くっ、あ、ぁっ、ゃっ……」

動きが段々と激しいものになる。視界がチカチカとし始めて、体育倉庫の鉄筋が通る天井がぼんやりとしか見えなくなってきた。噛みつかれる力がまた一段と強くなったような気がして、吉宗は痛みに眉根を寄せた。縋る物を求めて静雄の頭を抱え込む。
こうして首を噛まれるために思うのは、以前理科の生物の授業で習った内容だ。動物の雄は交尾の際、雌の首を噛むのだそうだ。曰く、急所を押えて相手を逃げられなくするため、らしい。
静雄との行為は、まさにそれを彷彿とさせる。動物の様なセックス。静雄本人は意識していないのだろうが、本能で噛みついているのだとしたらそれこそ動物じみた行動だ。吉宗はさしずめ、静雄にとっては獲物の類なのだろう。本能的で衝動的で破壊的で。痛みと激しさと苦しいくらいの快楽。甘さなんて欠片も無い、まさに獣。
吉宗は他の人間と性行為をした事がないので、一般的な行為がどのようなものなのかは分からない。だが、自分たちのこれは、どこか普通ではないのだろうなと、それだけは悟っている。

「っ、あ、ゃあっ!……せん、せ、もぅ……!」

限界を訴えれば、分かっているというように静雄の手が吉宗の前に回される。そろりと力をこめられ吐き出すのを促す様に愛撫を受ければ、幼い体が耐えきれるはずもなく、おおよそすぐに静雄の掌が濡れる事となった。

「あ、あぁぁっ……」

抑える術を奪われた細い悲鳴は狭い室内に反響し、耳にこびりつく。吐き出した熱と同時に体の奥に飛沫を感じ、静雄も達したのだと吉宗はほっとする。自分は女の子のように柔らかい体を持っているわけではない。本来ならば受け入れるためには作られていない場所を使っての行為。いつもいつも、静雄もちゃんと気持ち良さを感じてくれているのか不安になる。体の奥に出されるのは健康上よろしくないと知りながらも、中に静雄の欲を感じたその瞬間、静雄も同じように気持ち良いのだと確認して、安心するのだ。

「……三好、大丈夫か?」
「ぅ……ぁ、」
「って、大丈夫なわけねえよな」

ごめんな無理させて、そう吉宗の体を気遣う静雄はもう、獣の様な静雄ではない。いつもの優しくて頼りになって怒らせると怖い体育教師の静雄だ。涙濡れの吉宗の目元を優しぐ拭いながら、静雄は慎重に中から出ていく。濡れた感触は不思議と不快には感じないが、やはり違和感はある。気持ち悪い。

「もうすぐ昼休み終わるな……午後は保健室で寝てろ。連れてってやるから」
「ぁ……で、も……」
「担任には俺から言っとくよ。だから、な?」

時折思う。行為の最中の静雄と普段の静雄、どちらが彼の本当の姿なのだろう。その度に、きっとどちらも"静雄"なのだろうと結論を出す。結論を出して、そして、吉宗は改めて思うのだ。

どんなに痛くとも苦しかろうとも、静雄が心底、好きであると。




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(08/21)






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