ゆらゆらと、海の中を漂っているみたいだった。海と言っていいのかはわからない、ただ足が地に着いている感覚がなく、そしてどちらが上で下なのか、それすらが曖昧な世界。

(僕、どうしてたんだっけ……)

いつもとなにも変わらない時間を過ごしていたはずだった。パソコン内のデータを整理してマスターのメールを届けに出かけて、戻ってきたらもう今日はいいよと言われたから奥に引っ込んで歌を歌って、

歌って、

(あれ?)

それから、どうしたんだっけ。思い出せない。
そもそも何で辺りがこんなに真っ暗なんだろう、そう考えたところで自分がどういう状況なのかを理解した。どうやら僕は寝てしまっていたらしい。夢と現の間をさまよっているからこんなにも前後不覚で曖昧な感覚に陥っているのだろう。けれどスリープモードに入った覚えもないのに、一体いつの間に寝てしまったんだろうか。自分で気づかないほど疲れていたのだろうか。

(おき、なきゃ、)

まずは覚醒しなければ。そう思って目を開ける。開けたはずなのだけれど、何故か辺りはやはり暗いままだった。意識が眠りから浮上し体の感覚も戻ってくるけれど、どういうわけかその体も動かない。

(なん、で)

ぎしり、腕を動かそうとして叶わなかった。腕が、多分だけど、縛られている。頭の上で一つに纏められて、どこかに繋がれているらしい。視界が暗いのは、目隠しをされているから。
鈍い思考回路の中でも感触でそれを判断した僕は、はっと寝ぼけたままだった意識がはっきりしていくのを感じた。

「っ、なに、なんで……」

思考はすぐに疑問で埋め尽くされる。意味が分からない、なんでこんな、僕、縛られてるの?なんで目隠しなんか、されてるの?
わからない、なんで自分がこんな状態になっているのか、原因も理由もわからない。

「学人君」

突然聴覚に響いた声。そしてさらさらと頭を緩やかに撫でる手のひら。この声は、感触は、

「……サイケ、さん?」

おそるおそる呼びかけると、肯定するようにくすりと笑う気配がした。ああサイケさんなんだ、それだけでほっと体の力が抜けていく。撫でられる感触が心地よくて、その手のひらに頬を擦り寄せると顎を捉えられた。

「学人君」
「サイケさ……んっ」

突然口を塞がれる。多分、キスされているんだろう。視界が暗いままだから断言はできないが、口の中にぬるりとした熱い塊が入り込んできて確信した。サイケさんの舌は思う存分僕の呼吸を奪いながら、好き勝手に暴れていく。

「んっ、ぅん、んん……」

吐息の合間に漏れる自分の声がとてつもなく恥ずかしい。でもそれすらも気にならないくらい、サイケさんが与えてくれるキスは優しくて、気持ちがよいのだ。
やけに長くしつこいキスをしながら、サイケさんの手がさわりと脇腹をくすぐる。そのままシャツをズボンから引き出して直接肌を撫でられた。

「んっ、さっ、いけさんっ・・・…待って、」
「だーめ、待たないよ」

制止もむなしく、口をようやく離してくれたと思ったら胸元に滑った感触がしてたまらず悲鳴を上げる。胸の上までたくしあげられたシャツの下から顔をのぞかせた乳首に、おそらく吸いつかれているのだろう。ぴちゃりと音を立てて敏感な箇所を舐められ、僕は耐えるように唇を噛みしめた。

「っぁ……ん、ぁ……は、んぅっ……」

びりびりと電流のような刺激が背筋をかけあがる。サイケさんはもう片方の乳首にも爪を立て、休むことなく愛撫を施した。そして僕が胸への刺激に体をくねらせている内に、すでに熱を持った下肢へと触れてくる。

「んぁっ!あ……さいけさん、そこ、だめですっ」

足をばたつかせてみるも抵抗らしい抵抗にはならない。縛られた腕も動かしてみたが戒めが緩むことはなく、サイケさんは僕の小さな抵抗をあざ笑うかのように下肢から衣服を取り去ってしまった。
ゆっくりと熱を持った自身を扱かれれば、それだけで沸き上がる快楽の奔流に僕は飲み込まれるしかない。

「あっ、ああっ、いゃっ、だめ……あ、ああっ!」

ぐちゃぐちゃと響く水音が恥ずかしい。荒く擦りあげながら、時折先端を強く握り込まれてまた腰が跳ねる。

「あ、らめっ、いぁ、あああっ……」

先端の穴を抉るように深く爪をねじ込まれ、僕は呆気なく達してしまった。激しい追い上げにはあはあと息を乱していると両足を抱えあげられる。まさか、と思うもそのまさかで、達したばかりで力の入らない体に追い打ちをかけるように、サイケさんは後ろへ指を二本、突っ込んできた。

「やぁっ!っ、ま、って、くださっ……っ」

僕の声なんて聞こえていないのだろうか、そのまま乱暴に後ろを解されていく。中を広げる最低限の動きしかしない指に、僕はこの時になってようやく、違和感を覚えた。

「あっ、うっ……さ、いけ、さん……?」

呼びかけに返事はない。脳内で警鐘が鳴り響くのを感じる。

そもそもなんで、サイケさんは僕を縛っているのだろう。なんで目隠しなんてさせたんだろう。僕の嫌がることは絶対にしない彼は、行為の時だってそれは変わらない。なのに、何で、今日はこんなにも、僕の言葉を聞いてくれないんだろう。
それに、いつもなら僕を安心させるようにすきだよ、とかあいしてる、という言葉をくれるのに、今日は一度だってそれがない。

それから、それから。

"学人君"

サイケさんは、僕をなんて呼んでいた?

"学人、がっくん、学!"

(ーーーー!)

違う。

(この人は、サイケさんじゃ、ない……?)

声は同じだった。確かに彼の声だった。触れる体温も彼と変わらなかった。
でもサイケさんは、僕のことを学人君、なんて呼ばない。学人って、いつもなら呼び捨てにする。
サイケさんじゃない、じゃあいったい、

(今僕の体に触っているのは、だれ……?)

後ろから指が引き抜かれる。次いで押し当てられた熱の塊に腰が引けて喉がひきつった。

「っ、嫌だ、やめて、はなして、やだっ……!」

サイケさんじゃない人を受け入れるなんて嫌だ、そもそも誰なんだこの人は。なんで僕、この人に抱かれているの。
恐怖で恐慌状態に陥った僕の抵抗を押さえ込んで、無理矢理肉塊が中に押し込まれる。いやだいやだと泣き喚きながらあらがうもどんどん中に押し入られてしまい、首を振って泣きながら僕は抵抗によってぱさりと外れてしまった目隠しの先で、その人の顔を見た。

「ああ残念、気付かれちゃった」

その人はやっぱり、サイケさんじゃなかった。なのに、サイケさんと、全く同じ顔を、していた。

「だ……れ……」
「そんなに怯えた顔しないでよ。俺はね、日々也っていうの」

サイケさんと同じ顔、同じ黒い髪、けれどサイケさんとは違う、人を見下して追いつめて追い込んでそれを楽しくせせら笑うような悪どい笑みで、その人は僕を見る。

「はは、青い顔してる学人君もかわいいなあっ!もっと虐めたくなるよ、その顔」
「っ、いや……なんで、やだ……」
「駄目だよ、まさかこの状況で逃げられるとか思ってないだろ?君はもう逃げられない。俺のものになるんだ」


「心も、体もね」


その瞬間、中途半端な位置で止まっていた肉塊に容赦なく奥まで貫かれた。

「ぁああぁぁぁっ!」

まるで凶器のような熱だと思った。
乱暴に腰が揺すられてがつがつと奥を抉られる。出し入れされる性器の感触が気持ち悪くて痛くていやだいやだと泣いても、やっぱりやめてもらえるはずがない。

「っやだぁ!やめて、はなし、てっ……!」
「ははははっ!いい声、もっと泣いてよ、お姫様!」
「うぁあぁっ、ぁっ!ひっ、いやぁぁっ!」

やだ、こわい、たすけて、やめて、たすけて。

「っ……さ、け……」
「ん……?」
「っさいけ、さんっ……!」

気付けば彼の名前を口にしていた。痛くて怖くて気持ち悪くて、もうなんでもいいから助けてもらいたかった。ただ愛しい愛しい彼に会いたかった。だから何度も何度も、僕は狂ったようにサイケさんと名前を呼び続けた。

「さいけさんっ……たすけてサイケさんっ……!」
「っ、ねえ、今君を抱いてるのは、俺なんだけど」
「サイケさん、さいけさんさいけさんっ!」

バシン、頬を痛みが襲う。見上げればすごく怖い顔をした日々也さんが僕を冷たい目で見下ろしていた。叩かれた、のだ。

「ぁ……」
「サイケサイケってほんとうるさいなあ……なに、学人君はそんなにサイケの事が好きなんだ」

でも残念でした!ひどく愉快な声でそう叫びながら、彼は僕に顔を近づけて、言った。僕の大好きな人と同じ顔同じ声で、言った。

「サイケはね、君のこと好きなんかじゃないよ」
「ぇ……?」
「サイケが好きなのは君の元になった、君を作ったマスターの方なんだよ」
「っ、ちが、うそ……」
「嘘じゃない。電子な存在のサイケはどうあがいても人間である君のマスターの側には行けないからね、だから代わりに好きな人そっくりな顔した君に愛を囁いてるんだよ」
「ちが……ちがう……っ」
「じゃあなんでサイケは君を助けにこない?愛する君がこんなにも泣いて助けを求めているのにね。理由は簡単さ、君のことを愛してないから」

君なんかどうでもいい存在なんだよ、サイケにとって。
歪な笑みで笑う日々也さんの言葉を、僕はもう強く否定できなかった。体の痛みと心の痛み、それに翻弄されていた僕にはなにが真実でなにが虚像なのか、それを判断できるだけの許容量が残っていなかったのだ。
ただ彼の言葉だけがずっしりと、"事実"として胸にのしかかる。

「さ……い、けさん……」

激しく荒く酷く犯されながら、僕は愛してると言ってくれたサイケさんの笑顔を思い浮かべて目を閉じた。




本当に、気に入らない。

俺と同じ顔、同じ声、同じ存在であるあいつが本当に気に入らない。
本当ならこの子は、学人君は俺のお姫様のはずだった。この子の片割れとして俺は存在を許されたはずなのに、いざ命を得て彼の元にやってきてみれば、学人君は既に俺のことなんかみちゃいなかった。

俺のお姫様は、俺じゃなくて俺にそっくりな、あいつに既に心を奪われた後だった。

(気に入らない)

この子は俺のもの。あいつのものじゃない、この子は俺のお姫様。もう誰も渡さない、あいつにだって返してやらない。むしろ元々学人君は俺のものなんだから、俺が返してもらうべきなんだ。あいつから、忌々しいあいつから。

(そうだ、奪うんだ。俺の嫌いなあいつから、大好きなこの子を、取り返すんだ)

ただ学人君が好きなだけだった。好き好きで、それだけなんだ。学人君に好きだと告げて、そして彼から愛されれば俺はそれだけでよかったんだ。
本当に、ただ、学人君が、好きなんだ。
それだけ、なんだ。


「がっくーん!がくとー!」

ああ、あいつが探している。俺と同じ顔、同じ声のあいつが探している。
でももう、探したって無駄だ。

「……だれ、君」

あの子は俺の、ものなんだから。

「初めまして、俺は日々也。よろしくね……サイケ」




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