(ど、しよ……)
ぐわんぐわんと視界が回る。頭の中がぐらぐらしててまともな思考回路が働かず、視界もどうしてか不鮮明だ。多分視力に異常があるのではなく、視覚で捉えた情報が上手く脳まで伝達できていないから、世界が回っているかのような錯覚を覚えているのだろう。まるで二日酔いみたいな(とは言っても僕は二日酔いなんてなった事がないから想像の範囲だけど)状態に、頭痛までプラスされているこの現状では、どうして自分がこんなにも体調を悪くしているのか、その原因を記憶の中から手繰る事すら難しかった。
「あ、起きたんだ」
少し離れた所から聞こえてきた声に聞き覚えがありそちらに首を向けると、そこにはデスクに座りパソコンと向き合う臨也さんの姿がある。ここでようやく、僕は今臨也さんの家の、ソファの上に転がされているんだという事に気がついた。
「い、ざ……」
「もしかして大分イっちゃってる?焦点合ってないね」
何が楽しいのか僕を見てくすくす笑う彼は、僕がこんなにも体調を悪くしている事に気付いているらしい。気付いていながら気遣う素振りも見せないのだから、本当に優しくない人だ。まあもっとも、優しい臨也さんなんて想像しただけで気持ちが悪いけど。
優しくは無いし甘くも無い、けれど飴と鞭の両方の使い方には長けている、それが折原臨也という人だ。
「ちょっと多めに使ったからかなあ。すんごい効き目でしょ」
「ぅ……な、にが……」
「あ、まだ喋れはするんだ」
とにかく体を起そう。そう思って体に力を入れたところで、出来ない事に気がついた。物理的にも気力的な問題でも立ち上がれない。まず体に力が全く入らない。それだけならよかった、問題は、どういうわけか僕の手が後ろ手にきつく縛られているという事、だ。当然ながらこれでは立ち上がるどころか起き上がることも不可能だ。
そして何故だろう、気持ち悪さと頭痛、眩暈しか感じていなかったはずの体が、何故か徐々に熱を帯びていく。
「ん……は、ぅっ……」
「効いてきたみたいだね」
臨也さんが椅子から腰を上げたのが分かった。僕が転がるソファまで近づいてくると傍にしゃがみこむ。体の熱が、どんどんと上昇していった。
「な、に、これ……」
「媚薬だよ、知らないわけじゃないだろ」
「びやく……」
「そう。気持ち良くなるお薬」
にっこりと満面の笑みで微笑む臨也さんに冗談じゃない、と叫びたかった。けれどそんな叫びが実際に声となる事は無く、口を出るのは熱い吐息ばかりで訳が分からなくなる。何がどうして、一体全体なんで僕は、臨也さんに媚薬?を飲まされたんだろ。記憶が曖昧だ、分からない。
「んっ……う、あ……」
「はは、かーわい」
体が疼き始める。どうやら媚薬を飲まされたのは本当らしくて、僕は未知の感覚に体を持て余す事しかできなかった。体が熱い、なんでこんなに熱いのか分からない。ただただ熱くて熱くて、仕方ない。
すくりと立ち上がった臨也さんがおもむろに足を伸ばす。そのまま僕の足の間を力を入れて踏みつけてきたから、抵抗も出来ない僕は悲鳴を上げた。
「うっ、あぁっ!」
ぐに、と性器を強く踏まれ、僕はその時になってようやく自分がワイシャツ一枚しか体に纏っていない事に気がついた。制服は、どこにいってしまったのだろう。
「いい声で啼くねえ……まあ残念だけど、俺は暇じゃないから。君に構ってる暇はないんだよね」
「っ、ふ……あ、へ……?」
「仕事で出かけるからさ、それまで留守番よろしくね」
そう言うと、臨也さんはさっさとコートを手に取り本当に部屋を出て行ってしまう。取り残された僕は唖然とした。こんな、こんな状態で放置していくなんて、信じられない。脳裏に巡ったのはそんな事ばかりだった。
先程足蹴にされた性器は中途半端に刺激を与えられたからか、薬の効果も相まって先ほどよりも酷く熱を持っている。体を巡る疼きも顕著なものになってきて、勝手に口から零れる喘ぎが止まらない。
「っは、あぁっ、ふ、ぅっ……」
熱い、苦しい、どうしよう。体がずくずくと熱に苛まれる。なんとか楽な態勢を探そうとソファの上で身をよじってみるけれど動いた拍子に素肌が皮張りのソファに擦れ、それだけで背筋がぞくぞくと粟立った。
(なにこれ、やだっ……)
じわりと涙が勝手に浮かぶ。熱くてたまらない、体中熱くて苦しい。うつ伏せに体を返せばシャツが乳首に擦れて、それだけで肩が大袈裟に跳ねあがる。
「ひ、ふぁっ……」
びりびりとした刺激にまた涙が浮かぶ。知らない、こんなの知らない。怖い、気持ち悪い。
しかし嫌悪する意識とは裏腹に、体はもっと刺激を欲しがっている。僕も何となく、この疼きをどうにかするには熱を開放するしかないんだって事には気付いていた。けれど性器に触れたくとも縛られた腕ではそんな事不可能で、じゃあソファに擦りつけてみようかという不埒な考えまで湧きあがってしまう。そんな淫猥な真似を自分からするなんてどうしても出来なかったし、現実問題体に力という力が入らないのだ。膝立ちになる事すら難しいだろう。
「ぁ、あ、う、ああ……」
そうなれば、僕に出来る事なんてただこの熱を持て余しながら、ひたすらじっと耐え続ける事だけだ。気が狂いそうな程の熱に、ただ只管。
「うっ、あ、ゃだ、やだ……」
でも無理だ、耐えられない。苦しい、溜まるばかりの熱が苦しくてたまらない。ぼろぼろと零れる涙はソファの上に水溜りを作っていく。腕を縛る戒めがなんとか外れないだろうかとがむしゃらに手首を動かすも、きつく縛られているためさらに手首に食いこみ痛みを齎す結果にしかならなかった。いっその事痛みでこの疼きをごまかせないかとも思ったが、それも気休め程度にしかならない。
性器が熱いくてむず痒くてたまらない、乳首がじんじんする。どうしよう、僕の体は、絶対に変になってしまったんだ。
触って欲しい、なんて浅ましい願望だろう。でも無理だ、このままじゃ死んじゃう。ほんと、苦しくて死んじゃう。
「っひ、いざ、さん……いざやさんっ……」
先程この部屋を出て行った男の名前を必死に呼ぶ。助けてくれそうな人間を僕は他に知らない。僕をこんな状態にしたのが臨也さんなら、こんな状態から助けてくれるのだって臨也さんのはずだ。
とにかくもうどうでもいい、なんでもいい。なんで臨也さんが僕にこんな事したのかなんてどうでもいい。薬のせいなのか、理性までどこかに手放しそうな中、僕はただひたすらに願った。早く臨也さんが戻ってきてくれる事を。
「いざ、や、さ……いざや、さんっ……」
助けて、早く助けて。気がおかしくなる、本当に死んでしまう。触って欲しい、熱を吐き出したい、とにかくもうなんでもいいから、こんな苦しい思いはたくさんだ。
けれどどんなに願っても、それから僕の意識がある内に臨也さんが戻ってきてくれる事は、無かった。
(そうとう我慢したみたいだねえ)
仕事を片付けて事務所兼自宅に戻ってみれば、ソファの上に転がしておいた子供は痛々しい程に涙の跡を頬に残したまま、気を失っていた。ソファの上が透明度の高いどろりとした液体で汚れている。刺激も与えられない状態ではまともな射精もままならなかったのだろう、先走りの様な精液しか出せなかったようだ。
(かわいそうに、ね)
本当に、俺みたいな男に捕まるなんて、可哀想な子だ。
ソファまで近づいてその顎を掴むと、半ば無理やりキスをした。口を大きく開けさせ呼吸すら奪う深いキスを続けていると、くぐもった声が帝人君の喉から漏れる。やがて瞼が震え薄らと群青の瞳が顔を覗かせたが、その拍子にまた涙が一筋流れ落ちたのを見て興奮した。
「ん、んんっ、ふっ、ううっ」
苦しいのか身を捩るが力の入らない体では抵抗らしい抵抗も出来ず、首を緩く振るだけで精一杯のようだ。このまま窒息死されても困るから口を離せば、帝人君はうつろな瞳のままげほげほと盛大にせき込んだ。
「いい子にお留守番しててくれたんだね、ありがとう」
「い、……ざ……」
もう言葉もろくに話せないらしい、その群青の瞳の中に濁った欲情のきらめきが渦巻いてるのを見て取って、思わず喉を鳴らす。未だに中途半端にたちあがったままの性器を軽く握って扱けば、手の中でそれはびくびくと大きく震えだした。
「あっ、あ、ああぁっ!」
ようやく与えられた確かな刺激にだろう、帝人君は悦を含んだ悲鳴を上げながら達する。びくんびくんと震える彼の小ぶりな自身からは長い事白濁が溢れ続けた。
「たくさん出たね……どう、たくさん我慢した方が気持ちいいだろう?」
「あ、あ、ぁう……」
俺の言葉も届いていないのか、帝人君は宙を見つめたままうわ言のように吐息を吐き出し続けている。これは本気で薬の効果が効きすぎたようだ。薬や性的な接触に免疫のなさそうな子だとは思っていたが、ここまで効きすぎてしまうのも些か不安である。変な副作用とか残らなければいいが。
「うわ、すごいね。後ろまですごい緩くなってる」
「あ……ん、んんっ、ひゃっ」
後ろに指を伸ばせばそこは先走りでぐじゅぐじゅに濡れ、そしてそこにも薬を塗ったからだろう、どろどろに解れていた。ためしに指を一本押し込んでみれば驚くほどすんなりと入ってしまい、これはこれで面白くないなあと身勝手極まりない事を思う。最初はきつく狭いそこに快感を教え込んで解していくというその過程も愉しみたかったなあと考えながら、二本目を突き立てる。帝人君は痛がる素振りも無く、ただひたすら嬌声を室内に響かせるだけだった。
(あんな純朴そうな子が薬でこんな簡単に理性トばすなんてね……)
ああもう、楽しい。
指を引きぬき足を抱え上げた。ズボンを緩めて熱を持った肉棒をそのままなんの遠慮も無しに中に押し込める。
「あ、あああっぁああっ!」
狂ったような悲鳴が心地いい。絡みつく内壁がまるで歓迎しているかのようにまとわりつき、そのままがくがくと腰を揺する。
「あ、ひゃぁあっ!ああ、んあっ!あ、あーっ!」
「ははっ、最高だよほんと……っ」
薄暗い室内にぐちゃぐちゃという水音と艶やかな喘ぎだけが充満する。耳に心地いい帝人君の声をもっと聞きたくて、帝人君の足を胸にくっつくくらいに折り曲げる。高い位置からひたすら中を突き上げれば、堪らないといった風に帝人君は頭を振り乱して悦んだ。
「んああ、ああっ、あ、んんっ、っあ!」
「帝人君……」
腰を押しつけながら唇に噛みつく。舌を絡めて唾液を啜り、深く深く口熱を交わした。帝人君も反射だろう、俺の首に腕を回しながらもっとというようにキスをねだる。
「っは、……好きだよ、帝人君」
「ぷはっ……あ、ああんっ!ん、あ、あ……っ!」
「好き、愛してる……」
言葉はきっと届かないだろう。もうこの子に理性は残っていない。そうなるように薬を飲ませたのは俺だ。
好きで好きでたまらない、愛しくて胸が張り裂けそうだった。けれど彼の心が俺に向いていない事くらい分かっていたから、せめて一夜限りの夢を見たかった。この子に飲ませたのはただの媚薬じゃない、酒と似たような効果のある薬だ。過剰摂取すれば脳に異常をきたし、記憶力をつかさどる部位が一時的に麻痺をする。
帝人君は、次に目覚めたときには今日の事を忘れているだろう。でもそれでいい。それでいいのだ。
「あいしてる……」
俺の愛は、この子には重すぎる。
「いっ、ざやぁ……さんっ……」
「っ……!?」
「ぼくも、すきです……」
夢で終わればいいと思った。最初からそのつもりだった。
でも、終わらせたくないと、一瞬でも思ってしまった俺に、後悔する資格なんてありはしない。
(ん……?)
どこだろう、ここ。
「ああ、起きたの帝人君」
「え……臨也、さん?」
制服のままソファに寝ていたらしい僕は聞こえてきた声に体を起こした。何故か体中が酷く気だるいく頭も重い。
「びっくりしたよ、話しこんでたら急に倒れるんだもん。勝手とは思ったけど家まで運ばせてもらったよ」
「そう、だったんですか……すいません、ありがとうございます」
「いや、いいよ。それよりどうする?もう外、明るくなってきてるけど」
「え、」
慌てて窓の外を見れば確かに、空が赤らみ始めていた。鞄の中から携帯を取り出して時刻を確認する。朝方の六時前。今日が土曜日で本当によかったとほっとした。
「あの、そろそろ始発も動くだろうから、帰ります」
「そう?まだ具合悪いならゆっくりしていってもいいよ」
「いえ、もう大丈夫です。後は家で休みます」
玄関まで見送られながら、僕は見送りに出て来てくれた臨也さんに深々と頭を下げた。こんな時間になるまで寝ずに僕の事を見ていてくれた彼に、ほんのりと嬉しさが募る。
「それじゃあ、お世話になりました」
「うん、気を付けてね」
「はい」
それじゃあね、そう言ってほほ笑んだ臨也さんに背を向けてエレベーターを目指す。その時だった。
(え……)
ふと、自分の体から臨也さんの匂いがした気がして、足を止める。
「どうしたの、帝人君?」
「あ……いえ、なんでも」
それでは、と改めて頭を下げてばたばたと走った。他の住人に迷惑かな、と思うが臨也さんに赤くなった顔を見られたくなくて、エレベーターは止めて階段を駆け降りる。
僕は乙女か、と自分に盛大に突っ込んだ。
(好きな人の匂い程度で、こんな……)
ああもうほんと、恥ずかしい奴め!と自分を叱責しながら、けれどどうして臨也さんの匂いが自分からするのだろうかと考えた。制服に匂いが移ってしまったのだろうか。だとしたら当分クリーニングには出さない方がいいかなあ、なんてまた恥ずかしい事を考えた自分に、僕はまた自分で突っ込んだ。
手首の跡と、臨也さんが泣きそうな顔をしていたなんて事に、気付かないで。
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(08/21)