情報屋という仕事は具体的にどんなものなのか。パソコンをいじったり資料をめくったりしている臨也さんの姿を遠目から眺めているだけしか出来ない僕には、その実態はよく把握しきれない。とりあえず分かったのは仕事の時の臨也さんは楽しそうでもあり、そして真剣だという事と。

「それじゃいってくる。来ないとは思うけど客とか来たら無視していいから」
「は、はい」
「留守番よろしくね」

意外とアクティブ、という事だ。

こんなに暑い中いつもと変わらぬ格好で出掛けて行く臨也さんを見送るのはもう四回目くらい。僕がこの家にバイトに来てから実に一週間が経過したが、内四回、土日平日関係なく臨也さんは外出していた。時間は結構まばらで朝出て行って昼に帰ってきたり昼に出てって夕方帰ってきたり。早朝に出かけて日付が変わるまで帰ってこない日もあった。

(忙しいんだな、情報屋って)

一週間で四回、実に半分以上の頻度だ。正直情報屋ってそんなに外回りは多くないと思っていたから、意外や意外。
今日は朝から仕事に出ていった臨也さんを見送って、僕はとりあえず玄関の鍵をかける。かけようとして、そういえばこのマンションオートロックだったと思い出すのも、実にもう四回目だ。学習しよう自分。

(夕方までは戻らないって言ってたからなあ……)

お昼は適当に済ますとして、とりあえず天気もいいから洗濯でもしよう。脱衣所の籠に放りこまれていた洗濯物を洗濯機に移しながら、柔軟剤はどこだっけと視線をあちこちに飛ばす。
洗濯物の大半は臨也さんの衣服だ。僕の分は下着くらいで、というのも部屋着はほとんど臨也さんから借りているせいでもある。今着ているティーシャツとハーフパンツも臨也さんのもので、買い物とかで出かける時以外は大体臨也さんの服を借りていた。
少しだぼつくシャツの裾やハーフパンツを見下ろしながら、臨也さんって細く見えるのに僕よりも確実に大人の人なんだあ、とぼんやりと思う。スイッチを押してから僕はその場を離れた。




「……君、帝人君、」

肩を揺すられる感触にうっすらと瞳を開ける。おはよう、と僕の眼前で微笑むのは臨也さんで、室内を照らす茜色の光が彼の黒髪を劇的に染め上げていた。

「あ、れ……僕、寝ちゃってたんですね」
「寝るのはいいけど、一応これ被っときな。エアコン直にくるでしょここ」

ソファでうつらうつらと未だに覚醒しきらない頭を揺らす僕に、臨也さんはソファの端にたたまれてあった毛布をかけてくれる。視線を落とすとローテーブルの上に数学の課題が広げられていて、そういえば宿題の最中に眠くて寝てしまったんだと思い出した。

「すいません、すぐに夕食の準備するんで」

時計を見るともう六時を回っていて、臨也さんの帰宅に合わせてご飯にしようと思っていた僕は慌ててソファから足を下ろす。しかし、浮かせようとした腰は臨也さんに二の腕辺りを掴まれてぼすんと再び元の位置に戻るはめになってしまった。

「いざやさん……?」
「疲れてるなら寝てていいよ。ここ一週間、ろくに眠れてないんだろ」
「…………」

赤味を帯びた瞳が窓から入り込む西日でさらに深い赤になる。それに射止められながら、僕は唖然とした。どうして、その事を臨也さんが知っているのだろうか。

「気付かれてないとでも思った?わかるよ、こんなにすぐ傍で眠ってるんだから」
「……けど、ご飯……」
「だからいいって。ほら、」

軽く腕を引かれてまだ起きぬけの状態だった僕の体は力も入れられず、あっさりとソファに引き倒された。僕のお腹の脇辺りに腰掛けて、臨也さんはゆるゆると僕の頭を撫でてくれる。

「帝人君って枕変わると眠れないタイプなんだね」
「そんなこと……ない、ですよ」
「環境に適用するのが遅いんだね、ちょっと意外」

眼を細めて僕を見下ろす彼の姿は、夕日に照らされているせいかどうにも眩く見えた。実際は陽光なんかで払拭できるはずもないくらい、黒く歪んだ内面の持ち主だと言うのに。

「……友達の家とかは、平気なんですよ」
「ふーん。じゃあ何で?」
「……臨也さん、だから、」

臨也さんの家だから、こんなにも緊張する。緊張と好奇心と興奮と興味と、あとはずっと眼を反らしていた微かばかりの恐怖。それに苛まれているせいで、この家に来てから十分な睡眠はとれていない。浅い眠りと浅い覚醒を繰り返して夜が明けるのを待つ、そんな一週間だった。
だから今、臨也さんの甘言に惑わされて再び夢の世界に旅立とうとしているのも、この一週間の寝不足が祟ったせい。
起きて仕事をしなければ、僕はこの家にバイトに来ているのだから、お金の分は働かなくてはいけない。
頭ではそれが分かっているのに体は欲求に貪欲で、目の前に迫る眠気を迎え撃つどころか両手を広げて受け入れようとしてしまっている。

なんとか起きようと目を擦ってみるがそれをやんわりと臨也さんに制されてしまい、僕はくっつきそうになる瞼をどうにか持ち上げながら彼を見上げる。

「……もう寝なってばほんとに」
「でも……」
「でもじゃない。寝ろったら寝ろ」
「は、い……」

やけにきつい口調で言われて僕は反射的に返事をしてしまう。あれこんなはずじゃなかったんだけどなと理性が思うも時既に遅し。
夢の世界に旅に出る前に、僕は残った意識を総動員させて眠気に抗った。

「いざやさん、」
「なに?」
「おかえり、なさい」

ああもうだめだ。僕は今度こそ夢の世界の住人になった。


「……誰かが帰りを待ってくれてるのって、嬉しいもんだね」


臨也さんが優しい顔でそんな事を言う夢を、僕はみた。




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ここまで書いて飽きた。
多分続かない。
ちゃんとした続編はこれとは別に企画の方で消化します。


(03/10)






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