少し遅めの昼食後、洗い物や室内の整頓等を軽く終えて、とうとうやる事がなくなって暇になってしまった。

(掃除って言っても、この部屋元から綺麗だしなぁ……)

物がそんなに置いてないせいだろうか、掃除が必要な程の汚れは見受けられない。臨也さん自身も物を散らかしたりするような人ではないから、そうなれば必然的に部屋も汚れないだろう。

とりあえずバイト初日にしていきなり暇を持て余してしまったのは事実。ほんとどうしよ。

「暇になった?」
「え、まあ、はい……」
「別にそんな申し訳ないような顔する事ないよ。暇になったらその時間は好きに使っていいって、最初に言っただろ?」
「そうですけど……」
「真面目だね、帝人君は。ちょっと馬鹿みたいに」

誉め言葉とは思えないような賛辞の言葉に、適当に頷いておく。臨也さんの言動は時たますごくリアクションに困るのが難点だ。

「臨也さん」
「なに?」
「晩御飯、何かリクエストありますか?」

いきなりの質問にも関わらず、臨也さんは顔色一つ変えないで「にくじゃが」と答えた。

「に、肉じゃがですか……?」
「うん。和食の方が作った人間の個性が出るからね。出来ればこれからも作るなら和食にして」
「そ、それはちょっと……僕そんなに作れる料理のレパートリー多くないので……」
「なるべくでいいからさ」

雇い主から直々にそう頼まれてしまっては、僕が断るわけにもいかない。分かりました、と頷いて昼に買いこんできた食材を思い出す。

下手するともう一度、スーパーへ繰り出さなければならないようだ。




そうして、本日最大の事件が起こる。時刻は深夜十二時二十分前。

「え?」
「聞こえなかった?今日は俺の部屋のベッドで寝てよ。俺はソファで寝るから」
「あ、いや……何で、ですか?」

リビングのでっかいテレビの前に鎮座するこれまた高級感ばりばりのでっかいソファ。ローテーブルを挟む様にして置かれている二つのソファの内、テレビ側の方のソファに自室から持ってきた毛布をぶん投げて、臨也さんは僕を振り返る。

「君の部屋、見ての通りベッドなかったろ?本当は今日までに揃えるつもりだったんだけど間に合わなくってさ。だからそれまでは俺の部屋の使って」

さすがに子供を床に転がしとくのは気が引けるし、何だか前にも聞いた事のあるようなニュアンスの軽口を叩く臨也さんは何てこと無いような口調で言うけれど、いやいや、なんて事ある問題だよこれ。

「わ、わざわざ揃えてもらわなくても大丈夫です、よ?」
「え?ああ、もしかして一緒に寝たかったとかそういう事かな」
「や、いえ、そうじゃなくて……」

臨也さんは僕を床に転がしとくのは気が引けると言ったけど、僕からしてみればわざわざベッドを買ってもらう事の方が気が引ける。夏休みの間だけのバイトなんだし、そもそも雇い主である臨也さんからはバイト代だってもらうのだから僕の事に関してお金を使わせるのはとっても後ろめたいというか、申し訳ないのだ。これは同じ状況に立たされた人間であれば誰でも思う良心的な思考だろう。

「僕がソファで寝ますから、」
「それじゃ俺の気が済まないんだって」
「……でも、僕からしてみたら臨也さんのベッドをお借りする事の方が申し訳ないです」

正直にそう告げると、臨也さんはうーんと少しだけわざとらしく考える素振りを見せ、しかしたったの数秒で良い事思い付いたと言わんばかりの笑みを浮かべて見せた。
何かものすごくろくな事を言い出しそうにないな、と雰囲気で悟ったのとほぼ同時、臨也さんはやはりろくでもない事を言いだした。

「じゃ二人してソファで寝ようか」

敢えて聞こう。

何故こうなった。

「なんか懐かしいよこういうの。学生の頃の修学旅行みたいだ」
「そ、そうですか……」

臨也さんは先程毛布をぶん投げたテレビ側のソファに、僕はテレビから離れている方のソファに、それぞれ横になる。臨也さんは自室から僕の分の毛布も持ってきてくれて、夏だけどエアコンで冷えるから使いなって少し厚手のものを渡してくれた。
それを受け取ってベッド並にふかふかな(気がする)ソファに横になって毛布を被り、臨也さんがリモコンで室内の照明を暗くした所で我に返る。

敢えてもう一度聞こう。

(どうしてこうなったんだろ……)

一体何なんだこの状況は。誰か教えてくれ。
もちろん答えは誰からも返ってこない。

「あの……別に臨也さんまでソファで寝る事ないと思うんですけど」
「君だけソファ、ってのも可哀想だろ。それにこの方が夏休みっぽいし」

一体臨也さんの夏休みの基準って何なんだろう、僕には本気で理解できなかった。

照明を落とした暗い室内の中、手を伸ばしても届かない、けど少しソファから身を乗り出せば届くような気がする、そんな距離間で眠りに就こうとしている僕と臨也さん。
彼を家に匿っていた時は、狭すぎる部屋の狭すぎる布団の中で眠っていたから臨也さんとの距離はほぼないと言ってよかった。
その時よりも微妙に開いている、テーブル越しの距離。

昼食の時から、ってかこの家に来てからずっと思っているが本当に不思議な気分だ。
臨也さんの家に僕がいてご飯を作って臨也さんと一緒に食べて、そして今一緒の空間で眠りに就こうとしている。
臨也さんが僕の家に居た時、臨也さんは明らかに浮いていた。僕の日常の中で一際目立つ非日常だった。
でも今は違う。この場合、浮いているのは僕だ。僕だけが、この非日常の空間の中で一際浮いているそれが不思議。いつもとは違う空間に浸っている感覚が、違和感。なんていうか、他人の家だからっていう一言だけでは済ませられないような、強烈な違和感だった。

(でも、嫌な感じじゃない)

なんでだろう。やっぱり僕はわくわくしているのかもしれない。実を言えばちょっとだけ憧れている臨也さんのテリトリー内で生活が出来るという事実に、浮かれているという自覚はあった。

高校生の夏は思い出の季節だと、恋を語る紀田君が夏休み前にそう豪語していた。あながち間違いでも無いかもと、今なら彼の言葉に頷ける。

常とは違う、日常とは違う、そんな体験を、今僕はしているのだから。

「……臨也さん、」
「……なんだい」
「…………おやすみなさい」

クリーム色の毛布を頭まで被る。視界を自ら閉ざしてしまったため臨也さんがどんな顔をしていたのかは分からない。もっとも視界が開けていてもこの暗がりの中では彼の表情など伺い知る事は出来なかっただろう。

「……おやすみ、帝人君」

そう言えば、寝る前におやすみなんて挨拶を言ったのも言われたのも、随分久しぶりだと思い出した。




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(03/10)






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