臨也さんの所でバイト、と言っても、実際に臨也さんの仕事そのものを手伝う訳じゃない。僕に任せられた仕事というのは家事全般で、つまりは部屋の掃除をしたりご飯を作ったりと、そういった雑事をこなす事だ。
一応、臨也さんから仕事の内容を聞かされた時に僕の家事能力が高くない事は伝えたのだけど、臨也さんは「知ってる」と笑顔で答えた。

「別に人並みの物が作れればそれでいいよ。君の料理、不味くはなかったし」

と言う事は美味くもなかったという事か。落ち込んだりはしないぞ。だって僕は健全なる男子高校生であり、一人暮らしの身の上ではあるけれど他の年頃の男子と何ら変わりはない。高校生ぐらいの男の子が料理がそうそう得意なはずはないのだから、僕の料理スキルが中の下程度だとしても何ら不可思議な事ではないのだ。

自分で弁明しててちょっと悲しくなってきたけど。

(けど、そもそも家事だけなら情報処理の知識云々っていうのはどうでもいいんじゃないのかなあ……)

僕の素朴な疑問というか突っ込みは、そっと胸の内だけに秘めておこう。僕は面と向かって臨也さんに突っ込みを入れられるほど人間が出来ていないから、臆病者だと後ろ指は指さないでもらえるとありがたい。誰だって、臨也さんを目の前にしてまともな突っ込みなんて出来ないと思うから。

けど本当に、ただ家事をやるだけらばその道のプロとかを雇った方が絶対にいいと思うのだけれど、どうして僕に声をかけたのか。理由はいくつか説明してもらったがどうにも腑に落ちないし、バイトをさせてもらえる僕の身としてはありがたい事この上ないけれど、臨也さん的にはあまりメリットは無いんじゃないだろうか。
まあ彼の思考が読めないのは今に始まった事ではないからこれ以上考えるという不毛な行為は止めるけど。

「風呂はそっち、トイレはそこ。キッチンは好きに使っていいし、家の中も基本的にパソコンとか資料とか以外は好きにしていいから」
「はい」
「とりあえず部屋の掃除と洗濯とあとは食事の用意。それぐらいやってくれればいいから」
「は、はい……」

じゃあ後はよろしく、と臨也さんはアバウトにそれだけを告げて仕事に戻ってしまった。いくら僕が顔見知りだからといって、さして交流の深くも無い他人に家の中を好き勝手される事に抵抗を感じないのだろうか。潔癖の様にみえるけど、意外と臨也さんって色々と大雑把な人なんだなあ。
僕は臨也さんに対する評価を心の中で改めた。

(……とりあえず、お昼ごはん作らないとかな)

壁にかかっている高そうな時計に視線を向けると、あと二時間程で正午だった。まだお昼には早いけれど慣れない他人の家だ、多分いつもより作るのに時間がかかるだろう。早めに準備しておいた方がいいかもしれない。

荷物をあてがわれた部屋に下ろす。僕の持ってきた荷物は最小限の着替えと携帯と充電器、後は夏休みの課題ぐらいだから多くは無い。客用の部屋にしてはやけに広い室内には机と本棚と大きな窓があるくらいで他には何も置いてなかった。
物の無さは僕の部屋も負けていないのに、広さだけは完敗だ。むしろ惨敗だ。お金持ちって、すごい。
あれ、なんか今日僕お金の事しか考えてない気がする。

荷物を下ろしてキッチンに向かう途中、気になったのでバスルームも覗いてみた。洗面所から扉一枚で繋がっているバスルームは、僕の今のアパートよりも格段に広い実家の風呂場よりも、もっともっと広かった。
お金持って、凄い。先程と全く同じ感想を抱きつつ、洗面所の棚やラックを開けてみる。意外にも中は綺麗に整頓されていて、たたまれたタオルや洗濯用洗剤、買い置きのシャンプーなどがきちんと並んで入れられていた。臨也さんがやったというよりは、秘書の人がやったんだろうな、多分。

(臨也さんが人を雇ってたなんて、聞いた時はびっくりしたけど……どんな人なんだろう、秘書さんって)

会った事も無いけれどあの折原臨也の下で秘書が務まるくらいなのだから、きっととても有能で頭のいい人なんだろうな。一度でもいいからお目にかかってみたいものだ。

名も知らない秘書さんに思いを馳せながら、嫌味な程広いシステムキッチンに足を踏み入れた。こんなに広いシステムキッチンなんて立つのはもちろん初めてで、シンクの下の扉を開けるとやっぱりボウルや鍋なんかの調理器具がきちんと整頓されて収められている。あまり使いこんでいる様子は無いから、なんだかモデルハウスのキッチンのようだ。

とりあえず初日だし、何か簡単なもので済まそうかなあなんてメニューを検討しつつ、シンク脇のこれまた大きな冷蔵庫を開ける。

「……え、」

びっくりした。冷蔵庫は中も広くって、かなりの量を保存しておけそうだ。
いやいやいや、そういう事じゃなくて。広いって事は、この場合、つまりそれだけ物が無いって事で、つまりは冷蔵庫は空っぽに近い状態ってわけで。
ウスターソースとかマヨネーズとか、飲料のペットボトルとか、後はお酒ぐらいしか詰まっていない、もったいないくらいにスペースを余らせている冷蔵庫の内部に愕然とする。冷凍庫の方も氷ぐらいしか入ってなかった。

(料理……以前の問題すぎる)

まさか何もないなんて、本当に臨也さんは予測不能だ。

「あ、あの、臨也さん」
「んー?なに」
「この辺りで一番近いスーパーって、どこでしょう」

僕の問いかけに、パソコンに釘付けだった臨也さんの視線が持ち上がる。そして予想外、と言わんばかりの目を向けられて、むしろ僕の方がそんな顔したいくらいだよ!と心の中だけで嘆いた。




池袋とはまた違った人ごみの雰囲気に気圧されつつも、臨也さんの走り書きのような地図を頼りになんとか最寄りのスーパーに辿ついた。そこで適当に食材を買いこんで気疲れした体を引きずりながらマンションに戻った頃には、既にお昼間近だった。それから適当に炒飯とコンソメスープを作り臨也さんに出来ましたと声をかけた頃には、もうとっくにお昼は過ぎていた。

「遅くなってすいません……」
「いや、いいよ。わざわざ買い物にまで行かせちゃって悪かったね。俺もすっかり冷蔵庫の中身、確認するの忘れてたよ」

いやそこは忘れないでください切実に。全然悪びれた様子の無い臨也さんにやっぱり心ろの中だけで突っ込んでおいた。外はめちゃくちゃ暑くてすんごく疲れたし汗もかいたし、正直不満はたくさんだ。でもやっぱり、僕は面と向かって臨也さんに突っ込む勇気を持ち合わせていないから、不満は腹の中に押し留める。

「これ、スープも帝人君作ったんだ」
「え?ええ、まあ……」
「ふーん、普通に美味しいじゃん」
「あ、ありがとうございます……」

スープを飲みながら酷く直球な感想を述べられ、若干気恥ずかしくなる。

「なんか、前より美味しくなってる気がする」
「そ、そうですか?」
「うん。もしかして必死に特訓したとか?」
「いえ、別にそう言う事はしてないですけど……」
「あれかな、前食べた時は口の中も切ってたから、味よくわかんなかったのかも」

笑いながら食べる臨也さんの様子を見ていると、簡単な料理ではあったけど不味くはないらしいのでとりあえず一安心だ。僕も作った炒飯を一口、食べた。

(なんだかなあ……)

広いテーブルで向かい合いながら昼食を食べる、それが臨也さんとなら尚の事、とても不思議な光景だ。

他人の家だから、っていうのもあるけど一番は臨也さんの家だから、こんなにも緊張するのだろうか。そもそもこの人の家でこの人のために僕が料理を作るという事実そのものにすら違和感を感じる。
自分で作った炒飯とスープの味もよく分からないまま、僕は黙々とスプーンを動かした。




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(03/10)






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