そう言えば、学生はそろそろ夏休みの時期ですよね。

夏も中旬ですねー。セットンさんは何か夏の予定ってあるんですか?

え?いや、とりあえず海にでも行こうかっていう話は同居人としてますけど……

海!?いいですねえ。あ、その同居人さんってもしかして彼氏さんですかあ?

ちょっと甘楽さん、不躾ですよ。

いいじゃないですかーちょっとくらい。そーゆー太郎さんは何か予定あるんですか?

いえ、私は特に……あ、でも折角なので夏の間バイトでもしようかなって思ってます。

へえ、バイトですかー。太郎さん真面目ー。








思えば、臨也さんから電話があったのはチャットでこんなやり取りを交わした翌日だったような記憶がある。

「お、お邪魔します……」
「うん、何もないとことこだけどゆっくりしてってよ」

そう言って通されたリビングは、びっくりするぐらい広かった。この部屋は臨也さんの情報屋としての事務所も兼ねているらしいから、それなりに広いのだろうとは予想していたけれど、予想以上の室内の広さに本当にびっくりした。
ロフト、って言っていいのかは分からないけどとりあえず階段の通じる二階部分には資料がぎっしりと詰め込まれた本棚がたくさんあるのが伺えるし、一階部分の部屋は正面の壁が一面窓になっていた。その前に大きなパソコンと周辺機器が乗っかるこれまた広くて大きな机がある。備え付けられている椅子も革張りで、高級感がひしひしと伝わってくるようだ。壁際のテレビだってむちゃくちゃでかい。テレビの前に置かれているソファもめちゃくちゃ大きくてめちゃくちゃ高そうである。キッチンも広い上にガスコンロじゃなくて、今流行りのオール電化式のものだ。

(な、なんかものすごく場違いのような……)

こんな場所に僕みたいな平平凡凡な高校生が寝泊まりしてもいいのだろうか、と真面目に思い悩む。けれど臨也さんは僕の心の内など気にもかけず、自分はさっさと仕事机の大きい革張りの椅子に腰を落ち着けた。

「そんなに驚いた?珍しい物なんか特に置いてないと思うけど」
「え、いや……ただ、すごく広いなあと思って」
「君の家が狭すぎるだけだよ」

笑顔で毒を吐く臨也さんにはあ、と気の入らない相槌をしながら、僕はとりあえずどうしようかと肩にかけていた鞄の紐を握り締めた。




事の始まりは夏休み直前。冒頭のようなやり取りをチャットで交わした翌日、いつものように学校に登校し授業を受けていると、鞄の中の携帯がちかちかと着信を知らせるランプを灯らせた。休み時間になって見てみれば、メールが一件、入っている。差出人は意外な人物で、そこには折原臨也の名前が表示されていた。少し前に、訳あって家に匿った人物だ。
内容は短くて、時間がある時に折り返し電話をくれとのものだった。この人からの連絡なんて全く予想が付かないけれど、きっとろくな事じゃないんだろうなあと僕は電話をかけるか否か、一瞬迷う。けれどこのまま無視するなんて事出来なくて、仕方なしに僕は昼休みの屋上で臨也さんに電話をかける事にしたのだ。

お人好しすぎる、なんて紀田君にはよく言われるけれど、人柄だと思ってその点には目を瞑って頂きたい。それに、相手がいくらあの折原臨也でも、もしかしたら先日の様に大変な事態に陥っていて、それで僕に連絡を取ろうとしたのかもしれない。だからこれは親切心と良心に従った故の、言わば必然的な行動だ。

誰に対する言い訳なのかはわからないけど、とりあえず胸の内でそんな事を言い並べながら僕は通話ボタンを押した。押したところで、でも本当に大変な事態に陥ってるんだとしたら普通メールでワンクッションなんて寄こさずに直で電話かけてくるはずだよな、と思い至ってしまう。
けれど時既に遅し。二回半程のコールの後、電話は無情にも繋がってしまった。

『もしもし』
「あ、こ、こんにちは。竜ヶ峰です」
『知ってるよ、携帯に表示されるし』

そうだった。どうにもこの人相手だと、まともな思考回路が働かなくなる。赤面しながらすいません、と謝ると謝らなくていいと苦笑いを返された。

「えっと、あの、メール、見ました」
『そう。授業中とかじゃなかった?見つかって携帯没収なんてさせたくないしね』
「あ、マナーモードにしてたので大丈夫です」
『今はお昼休み?』
「はい、そうです」

一々メールでワンクッションくれたのは、臨也さんなりの気遣いだったんだなあと分かってちょっと意外だった。この人は人の都合とかそういうものを一切無視するような人だったから、尚の事。

「あの、それで御用件は……」
『帝人君、夏休みの間バイトするんだろ』
「え?あ、ああ、昨日の話ですか。一応、そのつもりです」
『もうバイト先とかは決まってたりする?』
「いえ、まだですけど……」

ならよかった、と電話の向こうで臨也さんがそう漏らす。僕はどうして今この場で臨也さんの口からそんな話が出るのかが分からなくて、脳内に疑問符を浮かべるばかりだ。

そして、臨也さんはとんでもなく予想外の、むしろ予想という枠の遥か彼方を行くような発言をしてくれた。

『ならさ、俺のところでバイトしない?』
「…………え?」




臨也さんの話を纏めるとこうだ。
臨也さんが雇っている秘書さんが、夏の間半ば無理やりに有給をとったため、その間の人手不足を補うために僕に声をかけたらしい。どうして何の変哲もないその辺に転がっているような高校生に声をかけたのか、それを尋ねると臨也さんは笑いながら答えてくれた。

『んー、理由はいくつかあるけど、君の性格とか能力とか。あとは君が一人暮らしっていうのも理由かな』
「はあ……」
『情報処理の知識に少なからず長けていて、それなりに礼儀も弁えている、そして何より外泊させても咎める者がいないっていうのが君にした理由』
「え、外泊って、」
『当然泊まり込みだよ?一々池袋と新宿を往復するなんて面倒だからね』

三食食事つき時給はそれなり、夏休みの課題なんかがあったら空いた時間で見てあげるし基本的に仕事さえしてくれれば自由に過ごして構わない。どうかな?

そこまで一気にまくしたてられて、僕は返答に困る。
正直言うと、無理矢理有給を取る、って時点でどうにもその秘書さんと臨也さんの関係が大分普通ではない事が伺えるから、臨也さんの所の雇用条件がそこはとなく心配ではある。

(けどなあ……)

時給はその辺のバイトに比べるととても高いし、泊まり込みっていう不安もあるけれど雇い主は顔見知りだし。実を言えば、臨也さんの仕事にもちょっとだけ興味もあったりする。情報屋がどんな仕事をしているのか、というのは純粋に気になるところだ。

「……分かりました」

よろしくお願いします、と、僕は結局安易に臨也さの申し出を受け入れる事にしたのだった。




夏休みが始まって五日ほどたってから、僕は最低限の荷物だけを持って臨也さんの自宅があるマンションを訪れた。部屋着ぐらいは貸してやるから身軽でおいで、と言われたので本当に必要最低限の物しか持ってきていない。マンションのエントランスまで出てきてくれていた臨也さんは僕の軽装っぷりを見て「本当に身軽で来たね」と若干楽しそうに笑っていた。馬鹿正直すぎるところも嫌いじゃない、そう言われて僕は返事にとても困った。

そして部屋に招かれ、リビングに通された所で先述のような感想を抱く事になったのだ。ただ広い、それと高そう、という庶民煩悩丸出しの感想しか抱けなかったけど。

「一応部屋用意したからさ、荷物とかはそこに置きなよ」
「あ、はい」

そこの廊下の突き当たりだから、と言われて僕はとりあえず荷物を下ろそうと足を向ける。臨也さんは既にパソコンに向かっていて僕の方を見てはいなかったけれど、僕は部屋に行く前に足を止めて、臨也さんに向かって頭を下げた。

「あ、あの、これからよろしくお願いします」

すると僕の行動が予想外だったのか、ちをっとだけ臨也さんは目を見開いてこっちを見た。でもすぐにその表情は笑顔に塗り替えられて、そういえばこんな表情の変化、彼を匿った時はよく見たなあと思い出す。

「こちらこそ、よろしくね」

変な気分だった。
あの時は僕の部屋に臨也さんがいるっていう違和感が常に付いて回っていたけれど、まさか今度は僕が臨也さんの生活空間に入る事になるなんて。

(変な感じ)

少し前とは全く正反対の状況に、僕はこっそりとため息をついた。




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朱に交われば〜の続編のつもりで書いてたけど長くなって没にしたやつです。
置く場所もないのでここに放り込んでおく。


(03/10)






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