※ヨシヨシ視点


些細な事が切欠だった。

「探偵ごっこ、しない?」

越してきた池袋の街で出会った、曰く敵に回してはいけない人間の一人である折原臨也からそんな意味の分からない誘いを受けたのは越してきた初日だ。一体どういう経緯で彼と知り合ってどういう話の流れで彼がそう言いだしてきたのかは、正直覚えていない。

「楽しいよ、きっと。越して来たばかりだから君は知らないだろうけど、池袋に割と有名な探偵事務所があるんだよ。そこの所長がこれまたお人好しでねえ、多分君みたいな学生でも快く雇ってくれると思うよ」
「え、ごっこ、じゃ……」
「ああ、ごめんごめん。ごっこっていうのは不適切だよね……強いて言えば探偵のバイト?なんかその事務所、前に勤めてた助手が辞めたみたいで人手が足りないんだってさ。三好君は物分かりもよさそうだし礼儀も正しそうだし頭も悪くなさそうだし、ぴったりのバイトだと思うよ」

淀みなく動く続ける口元を見つめながら半ば話を聞き流していると、(というより折原さんの迫力に圧されて内容が頭に入ってこなかった)はいこれ、と唐突に手を掴まれる。

「その事務所の住所。行ってみなよ、きっと楽しいから」

握らされたのは紙きれで、先程話にあった事務所の住所と電話番号と思しき数字が書かれていた。それを呆然と見詰めながら、僕は忙しなく折原さんと紙切れに視線を交互に配る。

「折角来たんだ、楽しもうよ。この池袋の街を、さ」

この街は君を歓迎するよ、そう笑った臨也さんには付きまとう雰囲気は、普通じゃなかった。
普通じゃない、平凡じゃない、通常じゃない。

きっとこれが、非日常。

僕はそのスタートラインに、その時立たされたのだ。




で、だ。

「……ここ、かな」

好奇心には勝てず(というか行かなかったら行かなかったで後が怖いから)紙切れに記されていた住所に場所にのこのことやってきた僕は、もしかしなくてもきっとあれだ。キャッチセールスとか訪問販売とか勧誘とかそういう職種の人たちのかっこうの餌、つまりはカモ。
自覚はあるが気になってしまったものはしょうがない。けれど良い子の皆は怪しげなお兄さんから貰った紙切れに住所らしきものが書かれていたとしても絶対にその場所にまで行っちゃだめだよ。ついでに言うなら電話番号にも絶対電話をかけちゃだめだよ。僕との約束だ。

(電話は、してない)

からセーフ。いやいや、ここまで来た時点でセーフもアウトもあるか。

割と有名な探偵事務所と聞いていたから、お洒落な洋風の建物とか高級感あふれるビルとかを想像していたのだけど、実際のそこは僕の予想の遥か斜め上を行っている。まず場所が普通に人気が無い。住宅地寄りの路地の入り組んだ中、間違っても多くの人が通るサンシャイン通りとかそんな道ではない。普通に路地。特に何もない路地。寂れた喫茶店と露店が並ぶだけの路地。あ、でも学校帰りらしき小学生たちは割と通ってる。後買い物帰りの主婦とか。

(なんかイメージとは違うなあ……)

のほほん、そんな感じの道に立っている普通の建物だ。三階建てくらいの普通のビル。外観は割と綺麗だけどやっぱりこう、なんか違う。こんな場所に人なんて来るのか。通るのは住宅地に住む主婦とか子供とか、あと時々サラリーマン。あ、近くにバス停があるや。

とりあえずここでもだもだしていても始まらないので、僕は勇気を出してその建物に入ってみる。帰ろうと思わなくも無かったが、折角ここまで来てなにも得る物がないとかはさすがに悲しすぎる。
入ってみると一応受付カウンターらしきエントランスフロアはあったが、無人だった。それどころか人の気配もしない。

(もしかしてからかわれたのかな……)

にんまりと笑っていた情報屋の姿を思い出す。よく分からないのに引っかかってしまった自分が悪いのだろうと、ため息を吐くのと、その声は同時だった。

「いらっしゃいませ」
「!?」

あまりにも驚いたせいで言葉も出ない。不自然なくらいに肩を跳ねさせながら声のした方を見遣ると、エントランスからみて右奥の方にある階段から、誰かが階下に下りてくるところだった。

「お客さんなんて久しぶりだなあ。あ、どうぞこっちへ。応接室っていうか事務所は二階なんだ」
「え、あの、」
「遠慮しなくていいよ、ほら」

階下へ下りてきた人物は、ひょっとすると僕と同年代じゃないんだろうかと思う程の、童顔だった。でも纏う雰囲気が子供とか学生とかではないから、多分社会人。でなくとも僕よりは年上なんだろう。
ひょろりとした体躯の青年は僕の腕を掴み、階段まで引き摺って行く。

「あの、ちょっと、」

待って下さい、とそう続くはずだった言葉はこちらに振り向いた彼の言葉で飲み込まれた。




「ようこそ、竜ヶ峰探偵事務所へ」




この時、僕は確かに非日常に、触れたんだ。




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(12/07)






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