「んっ……」

窓から差し込む日の光に、薄らと目を開ける。体のあちこちがぎしぎし痛んで、畳の上で何もかけずに寝てしまったからかと思い至り体を起こす。

(いざ、やさん……)

そうだ、彼は、臨也さんは?

「いざやさんっ」

目の前に敷かれている布団には、誰もいない。誰かがいた形跡はあるのに、寝ていたはずの臨也さんが、いない。

「臨也さん……」

さして広くも無い家の何処にも、彼の姿が見当たらない。

(まさか……)

妖怪は、人の様に死してなお骸が残る者と、まるで空気に溶け込むかのように消えてしまう者とがいるらしい。死した瞬間、骸も残らず、自分の生きた証も残さず、消えていく。

臨也さんも、そうなのだとしたら。
臨也さんが、死んでしまったのだとしたら。

「あ……」

ぼろぼろとまた涙が溢れた。昨日から泣いてばかりだなあと自分を揶揄する余裕も、無い。

臨也さんが、死んでしまった。

(っ……!)

「いざ、やさんっ……いざやさんっ!」

何で、どうして。どうしていないの。どうして消えてしまったの。
認めたくない、あの人が死んだなんて認めたくない。

僕を初めて見つけてくれて、僕のために怒ってくれた初めての人で、僕に優しくしてくれた初めての人だったのに。
なんで、今更消えてしまうんだ。僕の中にこんなに入り込んできたくせに、どうして消えてしまうんだ。

「いざっ……やっ、さ……」

ふと、涙でぼやける視界に映ったのは彼が着ていた羽織だった。血で汚れてしまっている。それ。それだけが彼が残していった証。
羽織を手繰り寄せる。胸に抱え込むと、微かに血と彼の香りがして、また涙が溢れる。

「……っ、ふぅっ、ぅ……」








「ねえ、なんで泣いてるの」

(!?)

急に降ってきた声と、後ろから抱き締められる感触。うそ、まさか、この声は、この腕は。

「い、ざや、さ、ん……」
「うん。ね、どうしたの帝人君?何で泣いてるの」

何か嫌な事でもあった?そう後ろから僕の顔を覗きこんでくる彼は、間違いなく臨也さんで。
頭の上で動く狐の耳も背で畳を叩いている尻尾も、見間違えようも無く彼そのもので。

「っ、いざ、やぁ、さんっ」
「えっ、ちょっと、帝人君、」

ぐるりと体の向きを変えて正面から抱きつくと、臨也さんは焦ったような声を上げた。帝人君、傷痛いよ、なんて苦笑交じりに言う声は悉く無視だ。

「どこ、行ってたんですかっ……」
「え?ああ、ちょっと外にね。ほら、もう体動けるようになったからさ、動かそうと思って」

そこでようやく、彼は僕が臨也さんの羽織を抱きしめながら泣いていた事に気付いたらしい。
するりと頬を撫でられて、涙を拭われる。

「……ごめんね、心配、してくれたんだ」
「だって、起きたらいないからっ、ぼく、臨也さんが死んじゃったのかとおもって……!」

そう思って、怖かったんです。

泣きながら叫ぶと、臨也さんの腕が僕の背に回された。羽織を抱きしめる僕ごと、強い力で抱きこんでくる。

「ごめんね、それとありがとう」
「臨也さん……」
「夜、ずっと手を握っててくれただろ?すんごい苦しかったはずなのにさあ……帝人君が傍に居てくれてるってだけで、すごく楽になれたんだよね」
「っ、」
「だから、ありがとう」

お礼を言うのは、僕の方だ。
臨也さんがあの時庇ってくれなければ、僕は死んでいた。
お礼を言うのは、僕のほうなのに。

「臨也さん、ありがとうございます」
「ん?なにが」
「僕を、助けてくれて」
「ああ、その事。何言ってんの、当然でしょ」

君は、俺の契約主なんだから。

「君の事は守るよ、何があっても絶対に」




契約主。それが、僕と臨也さんの関係を表す唯一の言葉。唯一の繋がり。

(でも、僕は)

契約主とかそういうつながり以上の何かが、欲しい。
臨也さんが、欲しい。

抱きしめられながら思ったのは、そんな事ばかりだった。




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(09/26)






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