西日が街を茜に染める。伸びた影を見下ろしながら、もうすっかり秋に変わってしまった空気を吸い込んだ。

「日が短くなってきましたね」
「そうだね。夜が長くなるから俺達にとっては過ごしやすい時期かな」
「妖怪って、夜の方が好きなんですか?」
「まあね。大体は夜の方が活発かな」
「夜行性なんですね」
「……猫かなんかみたいに言わないでよ」

俺これでも狐だし、なんて冗談めかして笑う臨也さんにつられて、僕も小さく笑った。本家からの帰り道の事だった。

臨也さんと家を出て本家で勉強してまた臨也さんと家へ帰る、そんな生活にもうすっかり慣れた秋の初め。ついこの間までの残暑が嘘のように空気は秋へと変わり、乾いた風が唇をかさつかせた。
今日の晩御飯は何にしようか、そう思いながら臨也さんを見上げる。

「臨也さん、前に言いましたよね」
「なにを?」
「僕の力に惹かれて、妖怪が寄ってくるって」
「言ったね」
「それってどういう事ですか?僕にそんな力は……」

陰陽師としての力を、僕は持たない。それ故に家から追い出され後継ぎにもなれず、今こうして飼い犬同然のような生活を強いられているのだ。しかし、臨也さんは確かに言った。僕に力があると。それに惹かれて妖怪が現れたと。
今まで妖怪に遭遇した事も見た事もなかった僕が、裏山に出かけたあの日急に襲われたのはそういう理由なのだとしたら、納得できる。でも僕に力があるっていうのは、納得できない。

(もし、力があれは……)

僕は、こんな生活を強いられることもなかったと思うから。

「あるよ、君には確かに力が」
「本当ですか……?」
「疑り深いね。まあと言っても、陰陽師として必要な力の足元にも及ばない微弱なものだけどね」
「……そうですか」
「たまにいるんだよ、人間の中にもそういう妖怪とか物の怪に通じる力を持つ人がね。もちろんそれは俺達妖怪や陰陽師側からしたら小さすぎるものでしかないんだけどさ、そういう力を持つ奴の方が妖怪は餌として好むんだ。餌が強ければ強いほど、得られる力も強大だからね」

特に君は父親が父親だからなあ、と臨也さんは続ける。

「力は無くとも陰陽師としての血は濃い。竜也は妖怪の中でも名を知らしめた陰陽師だ、君がその息子だと知られたら、狙われる可能性はまたぐんと高くなる」
「……」
「……帝人君、君は今安心してる?」
「え?」
「それとも恐れているのかな」

足を止める。僕よりも背の高い臨也さんの赤い瞳を見上げると、彼はまるで自分の子供を見つめるような、そんな顔をしていた。透き通る赤に、臨也さんと初めて会った晩に買ってもらったりんご飴の赤が思い出される。

「……両方、です」
「両方?」
「……僕にも僅かながらにそういう力があった事は、ちょっと安心しました。僕も一応竜ヶ峰の家系の人間なんだなあって、そう実感できて」
「なに、君自分の姓を疑ってたの?」
「そりゃあ……疑いもしますよ。父があんなに偉大だったのに、僕には何にもない。もしかしたら、僕は本当の子供じゃないんじゃないかって……正直、そう思わなかった事はありませんから」
「……そう」
「はい。でも、そういう力を持っているからこそ、危険に晒されるんだっていうのは……やっぱりちょっと、怖いです」

自分勝手だなと自分でも思う。憧れてやまなかった異形、欲しくてたまらなかった力。けれどそれに付きまとう危険を認知した途端、それらを否定している自分がいる。
我儘で自分勝手だ。

「父さんも、竜ヶ峰の家の人たちも、そんな危険と隣り合わせの世界で生きている……そう思ったら、なんだか自分がとても情けなくなっちゃって」
「……君は、優しいね」
「そうですか?」
「だってそれ、心配してるって事だろ?」

君の家の人間達をさ、言われてそうなのだろうかと思う。僕を追い出して、飼い殺して、不満と文句ばかりが募る本家。でも、彼らを想う感情の中に、憎悪は一片も混じっていない。彼らを心の底から憎いと思った事は、僕はなかった。

「優しい、とは違う。お人好しって言うべきかな」
「そ、そうですか……?」
「うん。自分の危険よりも他人の身を案じるなんて、馬鹿のやる事だよ。この世で一番大事なものは自分の命意外にあり得ないんだから」

でもね、と。臨也さんは茜色に染まりながら、ふとほほ笑んだ。

「そういう君は、嫌いじゃない」

綺麗な笑みだった。今までも何度か見た、綺麗な笑み。けれど今日目の当たりにしたその笑みには、いくらかの慈愛とか慈しみとか優しさとか、そういう温かい何かが混じっている気がして、僕の胸は締め付けられた。

「安心してよ。君が契約主の内は何があろうと、俺が守ってあげるから」

そう言った臨也さんは僕の頭を一度だけ撫でてくれた。

「早く帰ろう。日が落ちたら危ないし」
「……はい」

顔が、熱い。胸が苦しい。


(僕が契約主の内は……でも、契約が、破棄されてしまったら)

臨也さんが望んでいるのは、契約の破棄。父との間で不本意に結ばれたそれを、彼は解消したがっている。

(僕は、)

守ってあげると、そう言われて酷く嬉しかったのと同時に、僕らのこの生活も関係も永遠の物ではないのだと考えて、悲しくなった。




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(09/20)






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