もののけや妖怪は、陰陽師の家系に生まれながらその力を持たずに生まれた僕にとって一種の夢だった。憧れだった。
その姿を一目見たい、人とは異なるその姿、存在、力。少しでいいから、それらに関わってみたい。それが小さいころからの僕の夢であり憧れであり、羨望だった。少しでもそれに近づきたくて、少しでも夢を叶えたくて、そのためだけに自分の置かれた境遇を嘆くでもなく受け入れた。居場所のなくなった家に通い続けているのも、それが理由だった。

けど、そんな僕の夢や憧れは、ただの子供の虚像でしかなかった事を思い知る。
実際に妖怪に触れ、接触し、感じたのは純粋な恐怖。
結局のところ、僕は人とは違う異形の存在を、対して理解していたわけではなかったのだ。理解するだけの力を持たないからと言われればそれまでだが、それでも僕は彼らの表層しか見ていなかった。本質や裏側を考える事もしないで、ただ自身の興味を押し付けていた。
その結果が、先日のあの感情なのだろう。

僕は純粋に恐怖した。死の匂いというものを近くで感じた。そして死を、彼らを恐れた。
臨也さんはそれらを信用し過ぎない方がいいと言った。自分も含めて、妖怪を信用し過ぎるのは危険だと、そう言った。

(でも、なんでだろう)

僕は臨也さんの事を怖いとは思わなかった。いや、彼を恐怖に感じた事はない、というべきか。彼が僕の家に契約で縛られているから、危険な存在になる事はないだろうと安心しているからなのか、それとも臨也さんだからなのかは分からない。でも、先日山の中で異形と遭遇した時のような恐怖を、彼には初見から抱いた事はないのは事実で。

「帝人君、できたよ」

それはいったい何でだろうとまた堂々巡りの思考に沈み込む前に、かけられた声で顔を上げた。そこには大きめのお皿を片手に持った臨也さんが立っていて、茶卓に皿を置きながら彼は何考えてたの?と苦笑した。

「眉間にすごい皺寄ってたけど。考え事?」
「あ、いえ……」

僕の真正面に腰を下ろしながら、彼は慣れた手つきで茶碗にごはんをよそってくれた。おかれた皿の上には先日山で採った山菜の天ぷらが乗っていて、言うまでも無く調理をしてくれたのは臨也さんだ。
彼はここ最近、疲れてへとへとになって帰ってくる僕を見かねて夕飯の用意をしてくれるようになった。妖怪が料理とかあり得ない、という僕の考えを見事に一刀両断してくれた彼は、驚くほど手際が良い。ひょっとしなくとも僕よりも料理の腕は優れているのではないだろうか。
どうして妖怪なのに料理ができるのか。それとも昨今の妖怪は人間のように料理をしそれを食す種族なのだろうか。そんな疑問を素直にぶつけると、臨也さんから帰ってきた答えは簡単なもので「年の功だよ」とそれだけを返してくれた。二千年も生きていれば、料理の一つや二つ覚えてしまうものなのだろうか、謎だ。

結局僕の疑問が解決する事はなかったが、彼の作る料理がおいしいのは事実なので、今日も臨也さんに夕食の準備をお願いしていた。彼はごはんをよそった茶碗を僕の前に置くと、にしてもさあ、と頬杖をつく。

「君夕飯もそれしか食べないわけ?そんなんだからひょろひょろなんだよ」
「そういう臨也さんだって、ご飯食べないじゃないですか」
「別に人間と同じ食事摂らなきゃ死ぬってわけじゃないからね、俺は」
「そうなんですか?」
「そうだよ」

いただきます、と手を合わせて箸を取った。臨也さんはごはんを口に運ぶ僕を眺めていたが、「それで?」と再び先程の話を蒸し返す。

「何考え込んでたの」
「え?」
「さっきだよ。難しい顔しちゃってさ」

僕は自分の考えを臨也さんに話すべきか、一瞬考える。自分でも答えは出ていない、でも先日自分も信用するなと言った臨也さんの悲しげな表情も頭から離れない。そんな顔はしてほしくないけれど、答えも出ていないこんな事を、素直に口にしていいものか。
少し迷ったが、結局考えたって学のない僕には分からない事なのだからと、箸とご飯茶碗を握り締めながら僕は正面に座る臨也さんを見据える。

「あの、僕、臨也さんの事は怖くないんです」
「は?」
「山の中で妖怪と会ったとき、確かに怖かったんですけど……臨也さんには、そういうの、感じた事無いなあと思って」
「……」
「何でなのかは自分でもよく分かんないんですけど、えっと……」
「……そう言えば、初めて会った時帝人君、笑ってたもんね」
「え、そうでしたか?」
「うん」

君は間違いなく大物だよ、苦笑しながら言われた言葉の意味は分からなかったが、臨也さんはそれっきり茶卓の一点を見つめて黙り込んでしまう。やっぱり変な事言うんじゃ無かったかなあ、もしかしたらそんな考え自体が甘い、って怒られるかもなあ。そんな不安が頭をよぎるが、視線を上げた臨也さんの瞳に怒りの色は無く、逆に酷く真摯なその眼差しに僕が驚く。

「帝人君」
「は、はい」
「早く食べないと、冷めるよ」

何を言われるのかと身構えたが、臨也さんの口から出てきたのはそんな言葉だけで拍子抜けしてしまう。
結局、それ以上臨也さんが何かを紡ぐ事はなかった。


(どうして僕、臨也さんの事怖くないんだろう)


その答えは、まだ出ないままだ。




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(09/18)






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