ここではない何処かに居るであろう君と二人でここではない何処かへ



懐かしい、とても懐かしい夢を見た。いや、夢じゃない。記憶だ。10年前の。


皆、犬君も千種君も凪ちゃんも骸も笑っている、幸せな記憶。




骸に会いたい、この10年間、何回そう願っただろうか。あなたからの連絡なんて何一つなかった。もう、死んでるのかも知れない。

今更あなたに会えたとしても、もう遅いのだ。私の左手の薬指にはあなたからのものではないエンゲージリングがその存在をしらしめるかのように在るのだから。


「それでも、会いたいよ…骸」








眠さに堪えられずにさっきベッドに潜り込んだ筈だった。だから、今見ているものは夢、なのだろう。真っ白で統一された空間。私は今此処に居るのだ。たぶん、ゆるやかに落下している。…たぶん。地に足がつかないから。


とん、と擬音をつけてしまいそうな程軽やかに地に足がつく。実際は無音だったが。

上を見ても周りを見ても白だけだから天井が壁があるのかわからない。
例えるなら白に囚われてしまったようだ。あまりのリアリティに私は恐ろしいと感じてしまう。早く、色の溢れる世界に戻りたい。





歩き続けても終わりの見えないこの空間に嫌気がさし、途方に暮れていた。歩き疲れたのもあるが、精神的にも疲れ、床(と言っていいのかわからないが)に座り込んだ。


「もう、嫌」

夢なら覚めてくれ。




「クフフ、名前…」

「む、くろ…?」


姿は無いが、記憶の中と比べると低くなっている声。独特な笑い方。



「会いたかったですよ」




「わた、し、は…」



明後日には結婚式だったのに…彼だけを想って迎えられた筈だったのに…



「会いたくなかった」


嘘。
ずっと、会いたくて堪らなかったの。





白い空間の一部に霧が集まり人型に構築される。現れたのは、記憶の中よりも大人びた骸の姿。相変わらずの髪型。けれども月日を感じさせる長い襟足。凛々しくなった顔。




「名前は…結婚したのですか?」




私の指に嵌まるリングを見つけたのだろう。顔を少し歪めながら聞いてきた。…そんな顔をするなんてずるい。私だって待っていたんだ。骸が迎えに来てくれるのを。ずっと。でも、待てなかった。私は待ちきれなかったのだ。





「まだ、結婚はしていない。明後日が結婚式なの…」


「そう、ですか…」




俯く骸。もう、遅いの。今更迎えに来たって、私には別の人がいるから。だから、期待なんてさせないで。迷わせないで。





「名前、今から言う事を聞いてください。そして、名前自身が決めてください」










骸の言葉を聞き、頬を伝う滴。どちらを選ぶかなんて、決まっている。








「では、明日の夜約束の場所で待ってます」





その言葉と共に、私の意識は遠退いていった。
















約束の日。
彼を仕事へと送り出した後、私は生活に最低限必要な物だけをキャリーバッグへと詰め込み、謝罪の言葉と残った荷物は捨ててくれと書き置きしエンゲージリングをテーブルに残して新居を去った。



向かう先は黒曜ヘルシーランド










「着いた…」




10年前よりも古びた建物。
周りには、私達の思い出を壊す鉄の塊たち。
骸は何故この場所を選んだのだろうか。
私達が幸せに過ごしていたのがこの場所だったからだろうか、それは本人のみぞ知る。
今は唯、約束の時間に遅れている待ち人を待つだけ。















何時間経ったのだろうか。凡そ4時間といったところだろうか。
時間には厳しいはずの彼が、まだ来ていない。
仕事がら、何か厄介ごとに巻き込まれて遅くなっているのだと思っていたけれどここまで遅いのは可笑しい。といって私は此処から動けない。否、他に彼がいそうな場所も彼の居場所を知っていそうな人の連絡先も知らないのだ。
私は、”今”の骸について何も知らないのだ。中学時代の骸しか知らない。



今、貴方は何処にいるの?





じゃり。


やっと彼が来たのだと思い、何時間も待たせた罰に一発殴ってやろうと物騒な考えを心の奥底へしまい、砂を踏み締める音の方へと笑顔を作り向く。


藍色は其処にはなかった。




「名前ちゃん…」






10年前の面影が残る、優しく仲間思いの…


「沢、田くん?」


すすき色の髪が揺れる。





「どうして、此処に?」

骸は何処?それだけが脳内を支配する




「名前ちゃん、今は説明してる暇はないんだ、早く来て」


沢田くんは強引に私の手を引く。
正直痛い。


「ちょ、待って!私は、骸を待ってるの!!」


「その骸についての話なんだ」



そして私は高級感漂う黒塗りの車へと乗せられた。




「落ち着いて聞いてね。今、骸は…瀕死の状態なんだ…」


なに、それ。
笑えない冗談。


「そんなこと、信じられるわけない、でしょ」


ねぇ、嘘だって、
冗談だって言ってよ!


「嘘じゃ、ないんだ」


沢田くんの瞳を見れば、わかる。嘘じゃないことなんて。
でも、信じられないよ、信じられるわけないじゃない!


「でもね、まだ、骸は生きているんだ。意識はないけど、名前ちゃんの名前を呼んでいるんだよ」

「な、ん、で…っ」

「…これは骸から話すなって言われてたんだけど、」


黒塗りの高級感漂う車から降り、宮殿のような建物前にたった。

此処に、骸が…

沢田くんに急いで医務室に案内してもらった。

扉を開けると、骸を取り囲むように、皆が立っていた。あの群れるのが嫌いな雲雀さんでさえ居るのだ。


ゆっくりと近づけば、血の気の失せた青白い肌色をした、藍色の彼がぐったりと横たわっている。

至る所に小さな傷がありボロボロで一番酷い腹部は真っ赤に染まっている。


「骸…っ」


骸のとても冷たい手を握れば、とても弱々しいが私の手を握り返してくれた。
まだ、骸は生きている。


「骸、骸、骸っ!」

「名前…」

「骸!死んじゃ嫌だからね!私を、攫ってくれるんじゃなかったの!?」



骸はね名前ちゃんに初めて会ったときからずっと名前ちゃんのことが好きなんだよ。
"一目惚れなんて、柄にでもないでしょう。笑いたいなら笑いなさい"
なんて、悲しそうに言ってたんだよ。



車の中で沢田くんに言われた言葉が駆け巡る


「私だって、一目惚れ、なんだから…」


ぽろぽろと流れ落ちていく涙。
それを拭うように私の頬を骸の手が伝う。


「名前…」


骸の綺麗なオッドアイが緩やかに細められる。



「   、      」




骸の手は、重力に従って堕ちていった。








『僕と結婚してください』
そう照れ臭そうに白い空間で言った骸の姿が消えない。




「骸ぉぉぉおぉーっ!!!」









それからの記憶は酷く曖昧で、心の中が空っぽになった。





私は、骸のいない世界なんていらない。
『幸せに、おなりなさい』
って骸は言ったけど、私は骸がいないと幸せにになんてなれない。
だから、私は行くよ。
骸はきっとまだ何処かにいるから。

それだけを信じて私は、








ある木の下に佇むすすき色の男。
その目線の先には沢山の花束。

俯いたままの男は、小さく、ただ小さく今はいない藍色の彼へと呟いた。


「ごめん、骸。約束守れなかった。もうすぐ名前ちゃんがそっちに行くよ。…今度こそは幸せになってね」
























「骸、もう私は離れたくないよ、」

「名前…」

「だから私を骸の花嫁にしてね!」

「当たり前じゃないですか。名前が嫌だって言っても僕は名前の隣に居ますからね」









(2009/12/25)
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -