ビターチョコレート



「名前、チョコ食べる?」
「ごめん、私ビターは苦手なの。」

 どうせ食べるなら甘いほうがいいでしょ、と。
 そういってみると、「らしくないね。」と友人に笑われた。


「珍しいね、まだ教室にいるなんて。」
「今日は病院行くから部活休み。親の迎え待ち。」
 そっか、と適当に相槌ながら阿部隆也の足元を見る。がちがちと頑丈にギプスで固められた足がズボンの裾からちらりとのぞいている。

 残念だったね、とか、惜しかったね、とか。
 早く治って野球できるといいね、とか。
 そういう言葉はきっと山ほどもらっているのだろう。

(そんな言葉を伝えたって、彼の怪我の治りが早くなるわけでもないし、大会の結果が変わるわけでもないのに。)

「苗字、夏大一回も見に来なかったんだってな。」
「誰から聞いたの?」
「クラスの女子が噂してた。クラスの中で来なかった女子がお前だけだったとかなんとか。」
「そんな陰口叩かれていたんだ。」
 気軽に見に行けるわけないじゃない。
 特に何かに熱中しているわけでもなくただなんとなく毎日を過ごしている私なんかが、ひとつのものを目指してずっと頑張り続けている阿部たちに、「頑張れ」なんて言えるわけがない。

「別に無理強いはしねえけど……治ったら、一回くらい応援にでも来いよ。」
「野球詳しくないからいいや。」
「可愛くねえ奴。」
「お生憎様。」

 携帯電話のバイブが鳴り、阿部はゆっくり立ち上がった。どうやら迎えが来たらしい。西日を浴びて、その黒い髪が輝いている。

「じゃあな。」
「じゃあね。」

 好き。
 それなのに、阿部の前だとうまく笑えない。
 好き。
 だからこそ、阿部のことを直視できない。

 気遣う言葉も、可愛げのある言葉も言えなくて。
 可愛げのある女の子と並んで歩く阿部のことを勝手に想像して、勝手に苦しくなった。

 どうせなら、甘いほうがいい。
 恋だって、チョコレートだって。



(20140602)



モ ドル



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