夏空の告白
「例えば、の話だけど。」
こんな前置きで始めた話のはじまりはもうずっと前の暑い夏の日のこと。
私が高瀬と出会ったのは、中学生の時。
夏休みの部活の帰り道、市営グラウンドで試合をしているクラスメイトの彼の姿を見つけた私は自転車を止めて少しだけその試合に目を向けた。
うだるような暑さの中、わあわあと歓声があがるそのグラウンドで高瀬は汗をぬぐいながらマウンドに立っていた。綺麗なフォームから放たれた白球。その瞬間、世界からすべての音が消えてしまったかのように静かだった。
一目惚れのようなものだった。
それまでは年の割にすかしていてやたら女子に人気があるのを鼻にかけているように感じて若干疎ましく感じていたのだけれど、その日以来、その背中を、その横顔を、その瞳を、もっともっと近くで見たいと願わずにいられなかった。
あれから四年も月日が経って、それでも私の恋は相変わらずで。
「よ、苗字。」
「おはよ。」
中高一緒、クラスも何度も一緒になった私たちはそれなりに仲はいいほうで。運よく今回は隣の席になんかなれたりして。
「最近、遅刻ぎりぎりだね。」
「……朝、強くねえんだよ。」
付き合いは無駄に長いから、高瀬が何かをごまかそうとしているのがなんとなくわかる。今までずっと朝練に出てたから遅刻なんかしたことがないってことも知ってる。
たぶん、朝練どころか練習すべてに出ていないことも。
(だからって、私がどうこうできることじゃないけれど。)
やたらと小さな鞄。練習着のひとつも入っていない、見慣れない鞄。
(私は高瀬のおかげで、野球が好きになれたのにな。)
小さくついた溜息は高瀬の耳に入ることもなく、すぐに消えた。
今日も暑い暑い、夏の一日。
空は腹がたつほど青く澄んでいて、入道雲はきらきらと眩しくて。もうすぐ夏休み。高瀬と会えない何十日に想いを馳せながら(大げさかしら)、私は屋上で夏空を見つめた。夏が終わるまでに、高瀬がまた野球をできるようになりますように。心の中の何かを終わらせて、何かを始められますように。
がちゃり、とドアノブが回る音がして振り返る。まるでつくり話のようにそこには思い描いた人物が立っていた。
「……何してんの。」
「暇つぶし。」
「じゃ、俺も。」
そう言って高瀬は横に並んだ。
「あっちーな。」
「夏だもの。」
ひりひりと肌を焼く太陽。学生服で、教科書しか入っていない小さな鞄を持った高瀬。
「ねえ、高瀬。」
遠くから聞こえる、グラウンドの声。いつもよりやけに遠く聞こえるその声が、高瀬にも聞こえている?
「……野球、好き?」
高瀬は空を見上げていた。
困った顔でもなく、悲しい顔でもなく。
「はい、好きですって言える現役球児なんてそういないと思うけど。練習はきついし、試合に出られるのは一握り。土まみれ汗まみれで、いいことなんてそうないし。」
そこにあったのはあの日と同じ、真剣な眼差し。
「それでもやめられねーんだよな。」
あー、と高瀬は伸びをして、まだ夏は始まったばっかりだよな、なんて言うもんだから、途端に嬉しくて切なくて、ぽろりと言葉が勝手に転げ落ちた。
例えば、の話だけど。
「もし、私が高瀬のことずっと好きだったって言ったらどうする?」
胸いっぱいに広がる夏の匂い。苦しいほどに、夏。
「そんなの、とっくの昔から気づいてんだよ、バーカ。」
(20140511)
モ ドル