終わりのその向こう
きんと冷えた冬の澄んだ空気が、夜空に浮かぶ幾多の星をちらちらと輝かせている。
「綺麗。」
思わず独り言が零れた。北風に頬を撫でられ、マフラーを口元まで上げた。
高校三年、冬休み間近。
私たち受験生にとっては、今まさに追い込みの時期であった。
後ろから、ライトをつけているとき特有の自転車の車輪の音が聞こえた。
その自転車は私を追い越す寸前で、きっと小さくブレーキ音を立てて止まった。
「苗字、こんな時間に何してんだよ。」
「……阿部。」
そこにいたのは、クラスメイトの阿部隆也だった。
「塾の帰りだよ。そっちもそうでしょ。」
「そうだけど、こんな遅い時間に女の一人歩きは危ないだろ。」
あ、女の子扱いしてくれるんだ。そう思った途端、胸がざわめいた。
「誰かと一緒に帰るとか、親に迎え頼んだほうがいいんじゃねーの?」
「いつもはもう少し早く帰ってるよ、今日は塾の先生と話しこんじゃって……。」
阿部は当たり前に話しかけてくるんだな、と思うと、ほんの少しの嬉しい気持ちと、その何倍もに膨れる苦しい気持ち、その両方がぐるぐると頭の中で混ざる。
「なんか元気ねえな。」
私の気持ちを知ってか知らずか(たぶん知らないのだろうけれど)、阿部はそんなことを言ってきた。
「……模試の結果が悪かったの。それで先生に相談してた。このままだと第一志望、難しいのかなって不安になっちゃった。」
自分でも意外なほどに、すらすらと気持ちが言葉になる。ちらりと目をやると、阿部の横顔が目に入った。こんなに近くにいるのは久しぶりだ。
「そういうときもあるだろ。滅入ってたら先に進めねえんだから、今は自分を信じて進むしかねえよ。」
阿部の言葉は正しい。それは自分でもわかってる、けど、と言いかけたところで阿部はまた言葉を続けた。
「ずっと勉強頑張ってるから、疲れてきて余計落ち込んだり、不安になってるんじゃねえの。お前はあんまりそういうこと人に言わないけど、不安だ、とかそういう気持ちだって吐き出したほうが楽になるんだから、誰かに話してみろよ。……俺でもいいし。」
阿部の口から出た言葉は、予想に反して優しい言葉だった。
いや、違う。
阿部はいつだってそうだ。無骨で、不器用で、それが故優しさだって直球だ。そういうところが、私はずっとずっと好きだった。
鼻の奥がつんと痛んだ。やばい、泣きそう。涙を零さないようにと思わず空を見上げると、そこにはやはりたくさんの星が瞬いている。
「こうやって、星が綺麗だななんて思うの、久しぶりだ。私、ずっと下向いて帰ってたんだって気づいた。」
阿部のこと、ずっと好きだった。その気持ちだって、忘れたわけじゃない。
それでもその好きな気持ちが痛いくらい愛おしいものだって、それすら最近忘れかけていた。
「あのさ、」
阿部の声が好きだった。その声がすぐ近くで聞こえる。
「苗字が思ってる以上に、俺、お前のこと気にしてンだよ。なんでもいいから話せ。こっちがもやもやする。」
「何それ、変なの。」
思わず笑みが零れた。
「うるせー。そうやって笑ってろ。」
阿部はそっぽを向いてしまった。寒さのせいか、耳が赤く染まっている。
あと少しで卒業。
でもその先、私が、私たちが何をしているのかは、まだ分からない。
この阿部への気持ちだって、どうなってしまうのかな。
ねえ、阿部。
終わりの向こう側にも、ちゃんと道は続いているのかな。
そんなこと聞いたら、当たり前だなんて言われそうだけど。
今はそれを信じて、支えられて、進むしかないんだよね。
モ ドル