サラバ青春


 チャイムの音が鳴り響く。
 もうこの音を聞くのも最後か、と。そう思いながら無理やり寂しさを感じてみた。

「なんだ、まだいたのか。」
 うるさいくらいに大きな音を立ててドアが開けられた。似合わないピンク色の花を胸につけたあいつは、いつもどおり不機嫌そうな顔をしている。
「なんだって何よ。」
 待ってたのに、と言いかけたけど、そんなことを言うのがなんとなく癪で言わなかった。
「……とうとう卒業だね。」
「卒業したってなんも変わんねえだろ。」
 そっけない言葉。でも実際そうだ。阿部も私も、地元の大学に行く。もちろん実家から通学圏内の大学。それでもやっぱり学校変わるんだし、毎日会う理由なくなるじゃん、なんて思うけれど、やっぱり癪で言葉に出来ない。

 今までありがとう、なんて黒板に丸い字で書かれている。クラスメイトの女子の誰かが書いたのだろう。残念ながらあんな字を書く部類とは仲良く出来なかったから、あの字を見て感傷にひたりあっただろう光景を私は見ていない。

「阿部、今夜のクラス会行く?」
「あー、忘れてたわ。めんどくせえ。」
「阿部行かないなら、私も行くのやめようかな。」
「苗字は、はなから行く気なんてないだろ。」
 そんなことないよ、阿部が行くっていうなら、らしくなくても行ったかもしれない。

 三月の始めだというのに、今日は暖かすぎる。間違えて桜が咲いてしまいそうなくらい。調子が狂うような、ぼんやりとした日の中で他人事のように時が流れていく。
 別に遠くに行ってしまうわけではないけれど、それでも理由もなく会えていた今と、偶然同じ電車に乗ることを祈るだけの未来では、距離が違いすぎる。

「あのさ。」
 阿部は気づいてたのか、気づいてないのか知らないけれど。
「その花、頂戴。」
「これか?」
 胸につけられたピンクの造花。いかにも偽物らしい、生々しさを一切感じないその花は、まるで今日の卒業式みたい。
 日に焼けて、ごつごつした手で、阿部は器用に安全ピンをはずしてそれをこちらに寄越した。
「こんなの、もらってどうすんだよ。」
「別にどうもしないよ。ただ眺めて、阿部隆也っていういじわるなやつがいたなー、って思い出すだけ。」
 これが私の精いっぱい。
 あまりにも身勝手なものだから、どうこうしないでそのまま自分の中に置いておいたもの。

「相変わらず苗字って、ひねくれた言い方しかできねーんだな。」

 呆れたような、僅かな微笑み。それは、今まで一度も見たことない顔だった。
「お前の花も寄越せ。」
「え、ぐしゃぐしゃにしちゃった。」
「いいから。」
 鞄から取り出すと、ひょいと奪い取られた。
「俺もこれを見て苗字みたいなひねくれたやつがいたなーって、思い出せばいいのか?思い出すだけでいいのか?」
 ずるいよ、そんなふうにいつもすかした顔して。私ばかり焦らされる。
「いいよ、思い出してくれるなら。」
「はあ? 俺は嫌だけど。」

 お前、いい加減素直になれよ。そう言われて、腕を掴まれて。
「俺のこと、好きなんだろう?」

 頷くことしか出来ない。


 その横顔を見るだけで、言葉を交わすだけで、ただただ嬉しくて、こそばゆくて、切なくて、苦しくて。
 こんなにめちゃくちゃな気持ちになるなら、あいつのことなんか好きにならなければよかった、と何度も何度も思って。
 あんなやつなんか、そんなふうに思って、それでもやめることが出来なくて。今までそうしてきたのに、あっという間にそんな葛藤をあいつはぶっ壊して、その握った腕を少し引いて自分の腕の中に全てを収めてしまった。

 さようなら、私のひねくれた青春。
 今までに見たことないくらい綺麗な夕焼けは、まるで物語の最終回のようだった。





モ ドル



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -