. 「柚さん…卒業おめでとうございます」 「ありがとう、純希くん。…もう、そんな泣きそうな顔しないで。二度と会えなくなるわけじゃないんだし」 春の気候の中、まだ少しだけ肌寒さを感じる3月。 俺の大好きな恋人である柚さんが卒業した。 ◆ ◆ ◆ オモテウラ 〜 卒業 〜 ◆ ◆ ◆ 「それは、そうですけど…前よりは会えなくなるじゃないですか」 卒業式がすべて終わったあと、いつものベンチに座りながらそんな会話をした。 柚さんは俺を安心させてくれるみたいに会えなくなるわけじゃないと言ってくれたけど、同じ校舎に居ないということはそれだれ柚さんと居られる時間は減るってことで…。 廊下を歩いても柚さんを見つけることができないし、駆け寄ることももう無いーーー想像するだけで息がしにくくなる程に胸が苦しかった。 俺の知らない場所に行ってしまう柚さんを、俺の目の届かないところで狙ってくるやつだって多いと思う。男はもちろん嫌だし女も嫌だ。柚さんはこんなに可愛らしい見た目だけど、俺のことをまるで女の子のように優しく丁寧に扱ってくれる。それを本物の女が体験しちゃったら、いくら自分より可愛い柚さんにだって惚れちゃうよな。 柚さんの前では少しでも格好良く居たいと思うのに、情け無くも泣きそうになっていると横から優しく抱き締められた。 「大丈夫。会う時間が減ったからって純希くんへの気持ちは変わらないよ。それに県内の大学なの忘れてるでしょ?僕一人暮らしするから泊まりにおいで」 「泊まり…?いいんですか?」 「もちろん。金曜日の夜に泊まりに来て土日もそのままうちにいるのはどう?まあ純希くんの親御さんが許してくれるなら、だけどね」 「許してくれるに決まってます!柚さん家に泊まりとか…楽しみ過ぎる!」 嬉しさのあまりギュッと抱き締め返すと、ポンポンと背中を叩かれる。 あ〜っもうホント大好き!この人の恋人は俺なんです!と周りに大きな声で叫んでしまいたい。興奮してテンションが上がった俺は数週間前から頼みたいと思って悩んでいた事をこのテンションのまま思い切って伝えてみることにした。 「柚さん!お願いがあるんですけど!」 「なーに?」 抱き締めていた体から少しだけ距離を開け、柚さんの着ていたジャケットを触る。しかしいざ言おうとすると、これを言って引かれたら…なんて思ってしまいなかなか口に出せない。 「あ、もしかしてボタン欲しいの?こういうのって第2ボタンだっけ?」 俺が何を言おうとしてるのか察したように顔を綻ばす柚さん。その顔も可愛くてたまら無いし今すぐキスしてしまいたい衝動に駆られるが、柚さんの言葉は俺が言いたかったこととは少しずれていた。 「あの、ボタン…というか…その…」 「…いいよ?なんでもあげる。言ってみて」 ジャケットに触れていた手が恥ずかしさに下へ降りていき離れる寸前にそっと裾を掴んだ。 「この、ジャケット。柚さんがずっと着てた、コレが欲しい……です」 「………」 俺の言葉に目を見開いてパッと顔を背ける柚さん。 うわ、やっぱ引かれたか。流石に。気持ち悪いよな。ずっと着てたジャケットが欲しいなんて。やば… 「ご、ごめんなさい!嘘です…!ボタンだけで大丈夫です、俺っ…」 「…なんで、俺のジャケットが欲しいの?」 「それは、えっと」 あれ、なんか今ちょっと違和感があった。なんだろ。分かんないけど。 でも今はそれより柚さんに引かれない言葉を選ばないと… 「…やっぱり、好きな人が身に付けてたものを持っておきたいというか」 顔を背けていた柚さんがこちらを見る。柔らかな髪がサラリと靡く。 「本当のことが聞きたいな」 ーーー綺麗な目。大きなアーモンド型のキラキラした瞳だ。宝石のような瞳を囲うのは睫毛の長い二重で、この宝石は俺だけを見つめてくれるたった1つの宝物。 駄目だ。 大好きなこの瞳を前にして、嘘なんて俺には付けない。 「………本当は柚さんの匂いがついたものが手元に欲しいんです。会えない時間…それで我慢するから…」 「…へぇ、これで何するつもりなんだろ」 少し意地悪そうな表情に変わる柚さん。この顔はよく俺を組み敷いた時に見る顔だ。そんな顔を見てしまうとゾクゾクと背筋が震える。重ねた肌の濃密な時間を思い出してしまう。 「へっ変なことはしません!…ただ」 「うん」 ベンチに座っていた柚さんは俺の横から立ち上がり、瞼を伏せてジャケットのきちんと留めていたボタンを一つずつ外して行く。長い睫毛。それに憂いを感じてドキリと胸が高鳴る。 「ただ…柚さんの匂いを抱き締めて寝られたら、幸せだなあ…と思って」 俺がその言葉を紡ぎ終わるのと同時くらいに、柚さんの手がジャケットの最後のボタンを外した。 「…!」 ぐいっと上からネクタイを掴まれて思わず前のめりになるとそのまま目の前の可憐な唇に口付けられ、堪らず鼻にかかった声が上がった。 突然のことに一瞬驚いたが、俺を求めてくれるようなキスに気持ちが蕩けて体の力が抜けていく。何度したって柚さんとのキスは幸福感でいっぱいになってどうしようもなくなってしまう。片想いをしていた頃を思うとなんと幸せなことか。 ちゅ、とリップ音がして離れたけど、きっと柚さんを見つめる俺の目はとろんと蕩けきっているに違いない。阿保面だろう。 そんな俺の視界いっぱいにバサッと被せられたのはネイビーカラー。ふわりと包み込まれる柚さんの香りに、急いで顔からそれを取り除き見ると先程まで柚さんが着ていたジャケットだった。 「これ…くれるんですか?」 キスをしている間にジャケットから腕を抜いていたようで、目の前の可愛い恋人はカッターシャツにネクタイ姿だ。 「あげる。でもそんなので満足したら、僕怒っちゃうからね?」 悪戯っ子のように笑う顔にドキドキが止まらない。嬉しい。嬉しい。嬉しい! 「たいっ、大切にします!柚さん大好き大好きー!」 感極まってベンチから飛び跳ねるように抱き付くと、予想していなかったのかおっとと、とよろめく柚さん。しまった!柚さんが俺より華奢なの忘れてた…! 慌てて自分の方に重心を戻すと、柚さんの手のひらが俺の頬に触れる。 「ありがと。…ところで実はもう、部屋契約終えてて今日からでも暮らせるんだけど…どうする?」 荷物開けてないからベッドしか使えないけどね、と付け足されて俺は貰ったジャケットをギュッと握り締める。 毎日会えなくなるのはやっぱり寂しい。 寂しいけれど、柚さんが卒業するのもそんなに悪く無いかも…なんて、可愛い笑顔に怒られそうなことをひっそり思ってしまった。 ( オモテウラ 〜卒業〜 . オワリ ) 柚「なんだよ…!このクソ可愛い生き物は…!あああああもうほんと無理」 | novel一覧へ | |