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丘川と月曜日の朝

第三者視点で語られる丘川ちゃんのおはなし!
〇〇犯の2日後です。




丘川の仕事は毎朝自慢のロードバイクで通勤するところから始まる。


会社から少し距離のあるマンションで暮らしている為、今までは電車通勤だったが20代後半になって結構経った。30代になった時に腹が出ているなんていうのは嫌だったから、手っ取り早く運動できるように去年買ったのだ。

夏は汗を掻くから乗らないのだが今は肌寒い秋。休み明けの体が朝の冷たい風をきる感触に今日も1日始まったのだと教えてくれる。丘川はそんな時間が好きだった。


オーダーで作ったであろう長身の体にぴったりなスーツを身に纏うこの男は少し遊んでそうな見た目とは違い、会社に着くまでに1日のスケジュールを丁寧に計画するのが日課だった。まず、パソコンに取引先から連絡が無いか確認し、その後必要な連絡を取り、取引先を回る。新規が取れれば営業成績が上がるが、まあそう上手くは行かない。

社内に張り出されている営業成績のグラフにチラリと目をやって、今月もダントツに高い男の元に少し乱暴な速さで歩み寄った。


「柴くん、おはようございまぁす!」

「…おはようございマス。丘川さん」


突然の朝からの訪問に柴という限りなく凡庸な男は少し面倒くさそうに丘川を見上げた。

見た目こそはどこにでもいそうな20代男性だが、身に着けているスーツは丘川同様にオーダーなのか体に自然とフィットしている。チラリと覗く腕時計はよく見ると誰もが知っているブランドのものだ。
しかしながら本人の見た目と同じく派手ではないそれは落ち着いた品の良さが現れていた。

そういえばその高価だというのに気取らない腕時計は、同棲中の柴の彼女がプレゼントしてくれたものだと言っていたっけ。
よくよく聞くと自分が先に欲しがっていたものを贈ったから多分相手が気を遣ったんだと思うなどと言っていたが、彼女どんだけ稼ぎいいんだよ…と羨ましく思ったことは丘川の記憶にもまだ新しい。


柴はこの丘川の勤める会社で営業成績トップという素晴らしく仕事のできる男だ。そして見た目だけなら明らかに営業っぽい丘川と同期であり、ライバルでもあった。

とは言っても丘川がこの男をライバル視していたのは本当に初期の頃。入社して1〜2年の間だけだ。今はもう柴の実力に納得をしているし、彼の働きには尊敬さえ覚えるときがある。
普段はボーとしていて害が無さそうな男だが、いざ仕事となれば持ち前の口の達者さと細やかな気配りで営業先ですぐに気に入られる。いわゆる天性の愛されオーラというものが出ているのではないかと思ってしまうくらいだ。


「柴くぅん。俺に言うことありますよねえ?」

デスクに座る柴の背後に立ち、得意の営業スマイルを向けた丘川に、向けられた方はヒクリと口の端を歪める。


「…金曜は先に帰ってすんませんした」

「猫なんていないでしょお?お宅」

「丘川の言うとおりっす。居ないっす。嘘でした。すまん」


自分の非を認めているのか柴は口答えせず素直に謝った。


「あの後ねぇ、取引先の女の子達が柴の友達を紹介しろと、それはまあしつこくお迫りあそばされましてね、大変だったんですよぉ、丘川ちゃんは」

金曜日に行った丘川の取引先である女性達とのコンパ。
店を変える直前に現れた柴の友人だと言う桁外れに整った顔立ちの桐谷という男に、空気も流れも女の子の気持ちも全て持っていかれた。置いて行ってくれたのはお金だけ…と、まあそこは助かったと思う丘川ではあるが。


そして猫に餌をやるなんて丸分かりな嘘をついた柴の後を追うように桐谷も出て行ってしまったのだ。
そのおかげでそれまで感じの良かった女性陣のテンションは一気に下がりもはやコンパだ!出会いだ!彼女欲しい!というノリでは無くなってしまった。

それにしたってあれは一体何だったんだろう。どうして柴は突然帰るなんて言い出したのか。可愛い女の子がいると言うのにわざわざ同性の友人を選んでその後を追うように消えた友人、桐谷。

既にあの時には酔いが覚めていた丘川ではあったが、それでもよく意味が分からなかった。


「ほんと、すまん。…今日、夜空いてるか?」

「ちょっと遅くてもいいなら空いてるけど」

「丘川の好きなとこ、行こうぜ。奢るから」

「くうぅ…そうやって何でも金にものを言わせて丘川ちゃんの機嫌が直るとでも」

「そういえば、この前とは違う店なんだけど、スタッフがみんな可愛いって有名な店があるらしい。酒も美味いし最近話題で…」

「よし行こう!そこ行こう!速攻で仕事終わらせまぁす」

「………」

スタッフが可愛い、の一言でコロッと手のひらを返す丘川に呆れたような顔を向けた柴はクルリ、と椅子をデスクの方へと戻してしまった。もう話は終わり、ということだろう。


まあそろそろ始業時間だし戻るか、と丘川自身も踵を返そうとした時、ふと見えたものがあった。

柴の薄っすらと水色のラインの入ったシャツの隙間から覗く首筋の、見えるか見えないか微妙なラインの場所に見覚えのある赤い跡。
あまり自分が付けられることは少ないが、付けることなら良くあるものだ。



「…あれぇ〜?柴くぅん。昨日は彼女とお盛んだったんですかぁ?」


「!!」


まるで学生ノリのような物言いで冷やかすと、柴は心当たりがあるのかバッと首筋を手で抑えて、ゆっくりと顔だけで丘川を振り返る。


「……見えるか?」

「後ろに立つとちょっと見えますなあ。もうちょい襟立てたら何とかなりそうだけど」

丘川の言葉に柴はグイグイと襟を上に上げて、その秘密の跡を隠した。
後ろから見える耳が真っ赤だ。珍しい反応に丘川の中のなけなしのS心がむくむくと顔を持ち上げる。


「なになに結局仲直りしたの?浮気許しちゃったの?あんだけピーピー泣いてたのに、柴ちょっと優し過ぎじゃない?」

「う、うるさいな!あれは酒のせいで…まあ…確かに泣いたけど。…色々面倒かけて悪かった」

入社して数年の付き合いではあったが、丘川は柴の泣く姿をあの時初めて見た。丘川に関しては酒の度に仕事関係や女性関係で泣いているのだが、柴は滅多な事で泣くような男ではない。
柴は性格だけなら誰よりも男らしい人間なのだ。丘川はもし仮に自分が女であったなら、柴のような男と付き合いたいと思っている。
柴とならきっと幸せになれるのではないかと密かに思っているほど。

男は見た目じゃない。中身と経済力だ。
それを柴は全て兼ね備えている。丘川としては悔しい部分もあるのだが成績トップの男としては認めざるを得ない。


「まあ、でも仲直りエッチって気持ちいーよなあ。俺も好きー。でもさ今まで柴にキスマークなんて見た事無かったけど、やっぱ彼女も気が高ぶってたんかね?柴はあたしのよ!みたいな?羨ましっ」

「そういうんじゃ、ねえけど…てか、もう自分とこ戻れよ!朝礼始まんぞ」


グイッと腕を押され丘川は仕方なく自分の席に戻った。


席に戻り先程までの柴との会話を思う。そういうんじゃない、って他にどういうのがあるんだと笑いそうになる。
あんな見えるか見えないかの微妙なラインにわざわざ付けるなんて柴の彼女もなかなかにやり手というか、いい性格をしてそうだ。

柴をからかうのは面白い。たまに数倍にしてやり返されることはあるが、それでもついつい構ってしまう。


今日の夜も実は何気に楽しみだったりする。

可愛い女の子はもちろん楽しみだが、柴と2人美味しいお酒を飲みながら過ごす時間も楽しいと丘川は思うようになっていた。
かといって仕事仲間という関係なだけで休日に遊びに行ったりするわけでも無いのだが、遊びに行っても楽しそうだな、とパソコンを立ち上げながら浮かびそうになる笑みを何とか堪えた。
パソコンを見ながら1人ニヤけるなどしていようものなら、社内の女性陣にどんな噂を立てられるか分かったもんじゃない。


朝礼が始まるまでに、取引先から来ているメールを確認しようと目を通しているとジャケットの内ポケットに入れていた携帯が震えた。

「ん?」

誰だろうと携帯のホームボタンを押すと、それはつい最近連絡先に追加されたばかりの男からだった。

「桐谷さんじゃん」

柴の友人である桐谷はバーから立ち去る際、また飲みましょうと何故か丘川とだけ連絡先を交換した。そのせいで女性陣から桐谷の連絡先を教えろと迫られることになったのだが。自分が彼女たちと同じく女性だったのなら優越感に浸れたというのに、悲しいかな丘川は男。相手も男。残念でならない。

そんな桐谷から初めての連絡だ。
画面をタップして桐谷の連絡に目を通すと、シンプルにたったのニ行。


《この間はありがとうございました。今日の夜楽しみにしてますね》


はて。今日の夜、とは?
桐谷と何か約束をしただろうか、と首を捻っていると続けて連絡が入った。


《俺の知り合いがいる店なんで、もし丘川さんの気にいる子が居たら紹介できると思いますよ。タイプの子教えてくださいね》


「おっと…これは」

察しが悪いと良く柴に罵倒される丘川ではあったが、これはすぐに分かった。つまり、桐谷も柴との飲みに参加するということなのだろう。柴は何も言っていなかったが桐谷の知り合いの店ということならきっとそういうことだ。

あの桐谷という男。
レベルが違いすぎて劣等感を覚えるばかりであったが、見た目とは違い話しやすく感じの良い男だった。
わざわざ仕事終わりに知らない者ばかりが集まる友人の飲みの席に来るなどよっぽどの変わり者か随分と仲の良い友人同士なのかと思ったが、あの席ではあまり話をしていなかったようで丘川の頭にはさらにハテナマークが浮かぶ。


あの後なにかあったのだろうか。
そういえば聞きそびれてしまった。



「……ま、いっか。夜会うし」

のんびり呟くと隣の同じ営業の後輩に、チラリと見られたが丘川はそんな小さなことは気にしない。どちらかと言うと独り言は多い方である。


ただ、柴と2人じゃなくなったことがほんの少し残念だと思った。

残念ではあるが、桐谷のあの顔ならきっと可愛い女の子とのツテがわんさかあるはず。


今後の自分の薔薇色の未来を想像して今日も1日頑張るか、と丘川はメールの確認を終えたパソコンをパタンと閉じ、元気よく椅子から立ち上がった。



( 丘川と月曜日の朝 / オワリ )



結局一番振り回されてる丘川ちゃん。
鈍感な君に幸あれ。


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