2 なんて俺が心に決めたその日の放課後。 いつの間に登校してきたのか春さんが教室にひょっこり顔を覗かせてきた。 実は最初の待ち合わせに遅れて行った日から、春さんが学校に来ている時はたまにこうして放課後迎えにくるようになっていた。クラスメイトは春さんの登場に当初程の反応はしなくなったが、それでも教室内が嫌に静かになる。お目当てがもやしだということは分かっていても、下手に騒いで春さんに目を付けられたくないという想いがひしひしと伝わってくる。 「安成、かえろー」 春さんは俺を見つけると近寄って来て、優しげな低音で俺を呼ぶ。 来させるのは申し訳ないからなるべく早く教室を出ようと思っているのに、それより先に春さんが来てしまうんだよな、ということを叶に言ったら「惚気んな」とマジなトーンで返されたが、これのどこが惚気だと言うのだ。 ガタガタと椅子から立ち上がり慌てて俺も鞄を持って春さんの傍に寄ると、なんだか嬉しそうに笑われた。 「だいじょーぶ?」 「う、うん。ごめん」 「今日も勉強するの?」 「!…うん、勉強するけど、今日は家でしようと思って…」 「家?イモートちゃんは?」 「妹は、いるけど…たまにはいいかな、と」 「それなら、俺ん家で勉強したら?」 ーーーマジで? まさか春さんの方からそんな提案をしてくるとは。 …だが、しかし。 「…や〜…流石に勉強する為だけに、春さんのお家行くのは…気が引け、ます」 「でも、安成家帰っちゃったらそれで今日終わりでしょ?それは俺がイヤ」 「うぅ…でも……」 ヤンキーパパ&ブラザーが… 「俺、勉強の邪魔しないから。大人しくしてる。ね?」 「……………じゃあ、…お邪魔させて頂きます」 ちょろ過ぎるな、俺。 ノーと言える強い意志が欲しい。 2度目の春さんのお家訪問は1度目ほどの緊張はしていなかったが、全く緊張していないと言ったら嘘になる程度にはそわそわしていた。でも時間が時間な事もあって、春さんのご両親は仕事で居ないし、弟さんも今日はまだ帰って来てないみたいだった。 この前と同じように春さんの自室にあるローテーブルに座り込んで今日は数学のテスト範囲を進める為、教科書とノートを広げた。 「くっついたら、だめだよね?」 「……緊張しちゃうから…」 「わかった」 俺の控えめな答えにコクンと頷いて、春さんは自分のベッドの上で壁を背に座り込んだ。何をしとくのだろう、と様子を見ていると床に投げ捨てられていた今週号の週刊の漫画雑誌を拾いペラペラとめくり出した。 不良と週刊誌。似合いすぎる。 「………」 本当に勉強してもいいのかな?と不安にはなるが、春さんは春さんでもう本に集中してしまっているのかこちらを見ないので、それならばと俺も数学と戦う事を決めた。 ーーーわっかんない… 始めてから数分後、早速問題に躓いて俺は頭を抱えていた。なんだこの問題。こんなの授業でやったっけ?全然思い出せないし、どの公式を当てはめたらいいのかも分からない。答えを見てもどうやってこの数字に導き出すのか皆目見当もつかない。 どうしよう、もうここは飛ばすか。でも分からないまま進んだら勉強の意味ないしテストに出たら終わりだし…あー、こういう時に叶が居たらなあ… と、そこまで考えてハッと思い出す。 そういえば叶が、数学のテスト対策のノート貸してくれてたんだった!春さん図書室阻止計画の遂行を見込んで、成功報酬の前渡しである。 神による救いの光が舞い込んだ俺はそそくさと鞄を漁り、目的のノートを取り出した。 パラパラとめくると俺の悩みの種が解消されるであろう箇所を発見し思わず笑顔になってしまう。叶の見た目通りの少し丸みのある可愛い文字は、とても分かりやすくまとめられて凄く見やすいし俺にとっても明解だ。 ほうほうなるほど、この公式を使うのか、はあ〜〜やっぱあいつ凄いな…とシャーペンを進めていたら、ふと視線を感じパッと顔を上げる。 いつの間に週刊誌を読み終えたのか、春さんの手は週刊誌から携帯に変わっていてその顔は不穏に歪められている。 要は睨まれているわけですよ。 ーーー何故!!? | novel一覧へ | |