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2

どうしてこんなことになっているのか、心落ち着かせる為にも振り返ってみよう。

確か、俺はいつも通り授業を終えて帰ろうと靴箱に向かってたんだ。靴を履いて、校舎を出て、校門の前に広がる散り始めた桜を見上げてうっすら目を細めていた。

短時間だが桜の平穏で美しい姿を堪能し、視線を戻したその先に、例の狩吉さんが居た。

こちらに向かって歩いてきていたが、発見するのが遅かったせいで距離はもうかなり詰められていて近い。逃げようにも狩吉さんの視界の中で動くと肉食獣さながら狩られる気がして無難に、遠くを見てやり過ごすルートを選んだ。

なのに狩吉さんは真っ直ぐに俺の元に歩いてくるではないか…!

俺じゃない。きっと俺じゃない。靴箱かそれ以外の場所に用があるのであって、絶対俺じゃない。

自分に言い聞かせるように何度も唱えていたのに、悲しいかな。狩吉さんは俺の目の前で足を止めた。恐る恐る視線を向けると、彫りの深い両目が俺を見下ろしていた。

「!」

ビクッと震える肩。
周りには誰も居ない。いつの間にか居なくなってしまった。
つまり、何かが起こったとしても助けてくれる勇敢な人は居ないという事実に絶望を感じる。
例え、誰かがいたとしても助けてくれるとは限らないが。むしろ99.9%の確率で見捨てられるだろう。


そんなわけで、こんな危機的状況の中、ビビリでチキンな俺が編み出した対策はなんだったと思う?

人は予想だにしなかった状況に突如陥るとなかなか冷静な判断が出来なくなってしまう。俺も例に漏れずそうだ。それでも冷静になろうと努めた。

その結果、俺は震える足で何とか一歩下がってギュウ、と固く目を閉じたのである。

どうぞ、お先にお進み下さい、の意だ。

狩吉さんが俺になんて用があるなんてあり得ない。きっと狩吉さんの進みたい方向にオレが突っ立ってたせいで彼は仕方なく足を止めたんだ。


単純明快。雨あられ。目を瞑ったのは、恐怖から目を逸らしたいという無意識の判断だった。

バクバクとうるさい心臓を落ち着かせるため深呼吸を一つ。
もう行ったかな?
何も聞こえないし、もう居ないよな?



そろり…と目を開けようとした俺の唇に、ちゅ、と柔らかいものが触れた。


「!?」

驚きのあまりゆっくり開けようと思っていた瞼が瞬時にオープンアイしてしまって、目の前には狩吉さんのドアップ。そして唇への感触。つまるところ、俺は今この人にキ、キ、キッスをされてしまったというこで間違いないかな!?


割と真剣に心臓が止まるかと思った。


「ギ、ギャァァァァァァァ…!?」


ダメだとは分かりつつもオレはチキンハートよろしく大絶叫を上げてしまった。ただでさえ突然キスされるというビビり案件なのに、相手があの狩吉さんだと認識しただけで恐怖も倍増だ。

足がもつれそうになりながらもジャリジャリと鳴る土を踏みしめ、俺はさらに狩吉さんの前から2歩後ずさった。


「なっ、ななな、なんですか…!?」


そんな俺に対して狩吉さんは眉を潜めて、目力の強いキツイ視線を向けて来る。

こんな近くで狩吉さんの顔なんて見たことがない。いや、あってたまるか、と震えていると、縮めた距離数分、狩吉さんが2歩前に出た。遠慮なくオレのパーソナルスペースに踏み込まれてチビりそうになる。

やっぱり、叫んだのが不味かったかな。うるせえって殴られるのかも…



「お前」


「ひぃ…!」

今まで睨んで来るだけだった狩吉が静かに口を開いた。どちらかと言うと薄い唇は、形良く、よく見ると歯並びも良い。ただ、その口から紡ぎ出されたかなり低めの重低音が怖かった。


「なまえは?」


多くを喋らず、狩吉さんはただその一言だけ発した。名前なんて聞いてどうするんだ。
血祭りに上げる前に名前だけでも聞いとく的な??血祭らないで頂きたいし、できれば名前も教えたくない。彼の中に俺の個人情報を渡したくないんだ。断固拒否したい。

狩吉さんの意図が読めずまたもや固まっていると、もう一度狩吉さんが同じ単語を繰り返した。


「な、ま、え」


「うぁ、…っはい!な、仲花!仲花 安成です!狩吉さん!」

もういっそ狩吉様とお呼びした方が宜しいですか?なんて口走りそうになる。命令されれば俺に拒否権は存在しない。


「やすなり………俺は、ハル」


俺の名前を呟いて、狩吉さんは自分の名前を教えてくれた。
だけど狩吉さんがそんな怖い見た目をして、春だなんて可愛い名前なのは重々承知している。周知の事実だ。


狩吉春、それが目の前の男のフルネームだった。



そんなことより、どうしてこのタイミングで俺たちは自己紹介をしているんだろう。一体何が目的なんだ。

良い加減離れて欲しいです…離れてくれるなら土下座でも何でもしますので、どうかどうか…

神にも祈る気持ちで唱えるが狩吉さんは俺から離れなかった。


「安成」

「は、はい…!」

狩吉さんの呼びかけに引きつった声で返事をする。
ほんとうに怖い…もう帰りたい。どうして俺は今日学校に来たんだろう…サボる勇気もないけれど、学校にさえ来なければ。ああ、どうして………


「お前、かわいいね」


俺はこの学校に入学してしまった、の………


ーーーなんだって?


「俺と付き合って」


カワイイネ?ツキアッテ?この方、今ちゃんと日本語喋ってる?同じ日本人な筈なのに何を言ってるのかイマイチよく分かんないんだけど…


「あの…それ、誰に言ってます…?」

「安成」

「…俺?…俺、が誰と付き合うの…?…ですか?」

「俺と」

「俺と…?俺が…?」

俺がいっぱい。混乱して来た。

「はっ、あの…え?どうして…?」

「ひとめぼれ?」

「ヒトメボレ…」

お米の品種か。なんだ。びっくりした。



っておいおい待て待て待て。古典的過ぎるボケはやめよう。
脳内一人ツッコミが開催されるなか、狩吉さんは俺の右手を握って来た。

指先をスルリと絡められ、触れられた手が震える。


「返事、は?」


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