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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -

1

その程度の関係だったのか、と諦めることもできたし、それならばもう終わりにしようと関係を絶っても良かった。



ー 奴は◯◯犯 ー



「な、んだよ…これ」

自分のものではない携帯の画面から目が離せず、震えて落としそうになって両手で持ち直す。

駄目だと分かっていたのに、見てしまった。

最近設定されたロック画面のパスワード。今まではそんな設定していなかったのに、嫌な予感がした。
だから小狡い俺がお前との会話の中でしっかり手元を見ていたことは必然でもあったと思う。

8、8、5、5。

お前の誕生日でも、俺の誕生日でもましてや2人が付き合った記念日でもなんでもない四桁の数字。ただ、押しやすいという理由だけで設定したんだろ?お前はそういうやつなの知ってるけどさ、駄目だよ、そんなんじゃ。ボーとしてるように見えて、結構見てるんだよ俺。

お前のこと。


《良かったよ。次も楽しみにしてる》


そんな甘いセリフの後に添付されてる、情事の一瞬を捕らえた写真。早く言えばハメ撮りってやつ?まるで無理矢理行為に及んだかのような体位と、後ろ手に縛られた柔らかそうな体。

へえ、そんな趣味あったんだ。
俺とはそんなことしたことないのに。
結構変態的思考してたんだね。お前と知り合ってもう2年ぐらい経つけど、初めて知ったわ。


ドクンドクンと心臓が存在を主張するように動くのが分かる。頭では冷静でいようと余裕ぶったこと考えてるけど、震えが止まらない手が分かりやすいほど俺の動揺を表していた。


怒りか、悲しみか。

両方とも取れる感情に揺さぶられ手に持つ携帯を投げ捨てたくなった。こんなものデータごと床に叩きつけて全て消えて無くなってしまえばいい。俺との思い出ごと全て、跡形も残さず。

でもそんなことしたら直ぐバレるってちゃんと分かってる。俺はヒステリー男じゃないし、そんな終わらせ方してやらない。



こっちの世界に引きずり込んだのお前だろ。もちろん、決めたのは俺だけど。

それなのに、お前は女と浮気するのか。



扉の向こうから聞こえていたシャワーの音が止まったことに気付き、カチと電源ボタンを押して画面を暗くした。何事も無かったかのように携帯を元あった場所に置いて、俺はいつものようにローテーブルに肘をついてテレビに視線を合わせる。

暫くすると風呂場のドアが開く音がして、グレーのスウェットズボンを履いただけの男の姿がリビングに現れた。
普段の細身のスーツ姿からは想像もつかないような肉体美。
毎日寝る前に筋トレかかさないもんね。
俺も最初は付き合ってやってたけど、もう最近はただ見てるだけ。でもこんなことになるならちゃんとやっとけばよかったな。


「お待たせ、京太。今日も浸かるだろ?お湯溜めといたから」


髪をタオルで乾かしながら、いつものようにさり気ない気遣いを見せる優しい男ーーー桐谷 静史 ( きりたに せいじ )。こいつが俺の恋人 兼 同棲相手で、今しがた浮気を発見してしまった相手だ。

静史は静という漢字の通り、声を荒げることも無く何かに感情的になることもない。喧嘩だって俺が一方的に怒ることはあっても、静史が言い返す事はないし、なんなら直ぐに謝ってくる。

ごめんな、俺が悪かった。
どうしたら機嫌なおる?

そうやって直ぐに俺のご機嫌を取ろうとしてくるんだ。そんな下手に出られたら俺も怒りづらくなって、もういい、と喧嘩が終了する。…こんな一方的なの喧嘩とも言わないかも知れないけど。


「…おー、あざす」

いつも通り。いつも通り。
テレビから視線を外して腰を上げ、静史の横をすり抜けた。


「京太」


そんな俺の手首を緩やかに掴んで、静史は自分より低い位置にある俺のおでこに唇を寄せる。風呂上がりで水分を得たそれは柔らかく吸い付くような感触で、いつもなら擽ったいと身をよじるのだ。


「風呂で寝るなよ。お前すぐ風邪引くんだから」


静史は根っからのキス魔で、ところかまわず俺の体ならどこだって平気でキスをする。スキンシップも激しい方だし、そばに居る時はどこかが触れていないと気が済まないなんて言うほど人肌を求めてくる。


だけど、この手はあの写真のオンナを抱いた手だろう。
まるで愛おしいものに寄せるような唇だって、あのオンナに口付けしたものだと俺はもう知ってしまった。

ああ、騙された。
やはり見なければ良かった。
俺は一途に愛され、むしろベタ惚れされているのかと過信さえしていたというのに。

それがいけなかったのか。



俺だけのものだと思っていたこの体は、俺ではないオンナを抱いたのだ。

浮気の二文字が焦げ付く程に胸を焼く。

周囲で話に聞く事はあれど、まさか己が当事者になるとは微塵も思わなかった。
さらには屈辱的なもので、浮気相手は俺と同じ男では無く、俺にはないものをいっぱい持った柔らかいオンナ。

まるで存在否定をされたような気分だ。



「………わかってるよ」


優しく触れてくる手を振り払いそうになるのを必死に我慢して、俺は平静を装い、静かに頷いた。


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