13 「痛かった?」 「…それなりに」 「ん〜、そっかあ。ごめんね」 ごめんねとは言いつつ確実に思ってないであろう表情に、むっとして睨むが律はどこ吹く風で笑顔を浮かべたまま。 「なに笑ってんだ」 「え?俺笑ってる?」 「無意識かよ…」 大丈夫かこいつ。逆に怖いわ。 まさか織田との恋愛に溺れておかしくなっちゃってるんじゃないだろうな。 「お前ちゃんと俺のこと見えてる?」 律の手の中から腕を引きながら嫌味を込めて言う。一度パチクリと目を瞬かせたあと嫌味だと気付いているのかいないのか、楽しそうな笑顔のまま目を細めた。 「見えてるに決まってるじゃん。俺は智ちゃんしか見てないよ」 「よくもまあそんな大胆に嘘がつけるな…。それ、俺じゃなくて織田の間違いだろ」 「…あれぇ、バレた?」 バレるわい。見え透いた嘘をつくんじゃない。 まあ、でも俺のこともうっすらとは見えてるみたいだし、今日のところは大目に見てやるか。 「てかー智ちゃあーん、俺お腹減ったあ」 言いながら、ん〜と背伸びする律。いつ間にかいつもの律に戻っているし、俺を呼ぶ声も普段通りでホッと胸を撫で下ろす。 「食堂食べ放題のやつ貰ったんだろ?食べに行けよ」 「心配しなくても智ちゃんのご飯が一番だよ〜」 「んなこと聞いてねえし!…つか、俺も腹減った」 「ねー。あ、そうだ。玲哉にもコレ渡さなきゃ。玲哉どこにいるの?」 「織田…は、知らない。多分、寮に戻ってんじゃねーかとは思うけど」 「そうなんだ。じゃあ戻ろっか」 「お」 「お?」 「俺、トイレ行ってから戻るから先行ってて!」 「え?あ、智ちゃ」 今度は律の腕に捕まる前にダッと駆け出す事に成功した。後ろから声が聞こえたが、聞こえないフリをして一目散に逃げる。 もし律が追い掛けてきでもしたら、運動部のあいつに敵うわけもなく確実に捕まってしまうが、どうやら追い掛けてくる気は無いみたいだった。 俺はダダダっと2年生の教室ゾーンがある2階まで駆け上がり行き慣れたトイレに駆け込む。 とりあえず、今一番気になっている所を見るため鏡の前に立ち、ぐいっと首元の体操服をズラし近寄った。 「………うわぁ……」 自分の体を見て「うわぁ」なんて言ったの初めてだ。 想像していたよりも酷くはなかったが、強く噛まれた首元は歯型に沿って青アザのようになっていて、なんともまあ痛々しい。 多分あれだ。先程出会ったマゾの先輩方なら喜びそうな見た目だが、残念ながら俺にそんな趣味はない。 間違いなく織田は俺がウザくて、嫌がらせであんなことしたんだろうけど是非とも今度からは罵倒でも暴言でもいいから言葉で伝えて欲しい。寝起きに本気で殴られた時に比べたらマシな方だと思ってしまうが、我慢してコレっていうのも納得いかない。 「俺のこと、どんだけ嫌いなんだよ…」 誰も居ないトイレの中で声が反響する事なく尻すぼみに消えていく。 嫌われてる自覚はもちろんあるが、度合いってもんがあるだろ…とそこまで考えて、ハタとある事に気付いた。 ーーーそういえばあいつ、律の前でならどーのこーのと俺に嫉妬めいた事を言ってたっけ。 その後は、俺が織田にほんのちょっぴり触れたことで律の嫉妬心を煽ってしまった。もう痛みは感じないが握られた手の平の強さを思い出す。 …つまり2人ともお互いがお互いに嫉妬してたわけですか? 「…な、なんだそれ…!」 あいつらめっちゃラブラブじゃん!! 相思相愛で羨ましいなんて前なら思えたけど、俺に火の粉が散るとなれば話は別だ。 「くっそ…あいつら俺を巻き込むなよ」 とりあえず、明日から制服のシャツはきっちり第1まで留めるしかない、と憂鬱な気分で蛇口を回した。 もどる | すすむ | 目次へもどる | |