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何…?


まさか、織田まで俺に嫉妬してるんじゃないだろうな。
平凡な俺なんか織田の敵にもなりゃしねーよ。

それにライトな関係がちょうどいいと言っていたんだ。誰かに嫉妬するなんて多分ありえないし、本当に訳が分からない。さっきから疑問だらけで頭がパンクしそうなんだけど。

「ムカつくんだよ」

織田が聞き取れるか微妙な声のトーンで、そう一言呟いたのが聞こえたと同時に、胸の上にあった重みが消えた。

だけど俺はムカつくの4文字がしっかり聞こえてしまっているわけで。
これで終わりだとは思わなかったが、次に起きたことはちょっと想像の範疇外過ぎた。


「え?なに?なに…なんでそんな顔近づけて……って、イヤアアアアアアアアッ!!?」


織田の顔が近付いて来て、ま、まさか…と少女漫画的ありえない想像をしたものの、あろうことかあいつは思いっきり俺の鎖骨付近の首元にガブリと噛み付いてきたのだ。

躊躇いも何もない。
俺がか弱いウサギで、織田がギラギラの歯を持つ狼……はちょっと格好良すぎるから、ドーベルマンだったなら(ドーベルマンも格好いいな…)今ので俺はお陀仏だ。一瞬で終わりだ。今までありがとう、美人コワイ…なんてダイイングメッセージを残す余裕もない。

それぐらいの勢いと強さで噛まれ、俺は物理的な痛みに目尻に涙が浮かべた。ガブリなんて可愛い擬音を使ったが実際はガブリじゃない。

ガリッ、だ。

「なんっ…織田!」

何とか引き離そうと胸倉を掴んでいたままの手で織田の体を押し返すがビクともしない。しかしながら俺の抵抗に気付いたのか、噛み付かれた場所をペロリと舐め上げた後やっと体が離れた。

「う、ひぇ」

舐められたことで染みるような痛みを感じ、変な声を出してしまった。この痛みの原因は多分犬歯の攻撃力だし、どんだけ思いっきり噛んだのかうかがい知れたし、とにかくめっちゃピリピリして痛え。


バッと顔の横にあったシーツを掴んで首を抑えると、ほんのちょっぴりではあったが赤い染みが出来た。

「血ーーー!!?えっ、意味分かんない!お前ほんと何なの!?しかも今、俺の血舐めたことになんだろ!良くない!今ずくペッしろ!」

「うるせえ叫ぶな!アンタ病気持ちかよ」

「いや、持ってないけど!いたって健康体ですけど!」

なんなら風邪なんてここ2年ぐらい引いてないですけど!?

俺の叫び声が耳障りなのかベッドの上で織田は俺から距離を取る。

「なら問題ないだろ…想像通り色気もクソもないな」

「はあ!?…それなら言わせてもらいますけどね!!漫画みたいに押し倒されてチューされちゃったっ、とかなら別だけど、押し倒されて思いっきし噛み付かれて色気のある展開なんて望めるわけねーだろ!俺はお前の犬用ガムじゃねーぞ!」

大切な愛犬の歯の健康とストレス発散に。じゃねーわ!!

「泣いて喜んでんじゃねーか」

「痛くて泣いてんの!お前、ほんっと、バッカじゃねーの!?」

シーツで首筋を押さえたままガバッと勢い良く起き上がる。先生ごめんね!シーツは可愛い生徒の止血に使わせてもらったよ!

織田はすぐ横で胡座をかいて、騒ぎ立てる俺から顔を逸らし、偉そうに踏ん反り返っていた。


いやいや、ハハ。

なんなんだその態度は。



プチン



理不尽な痛みと、織田の反省を1ミリも感じない態度に俺の堪忍袋の尾が切れた音がした。ほんとに聞こえるもんなんだな、小気味好い音が。

呑気にしている織田の目の前に膝立ちし、腕を自分の方へ力一杯引き寄せる。織田は驚くこともなくつまらなさそうに目を細めて、されるがままだ。それにさえムカッとした。


「ごめんなさいは?」


「…なんに対して」

「心配してお前を探しに来た優しい俺に対して、噛み付くという恩を仇で返した行為に対してだ!」

「別に頼んでない」

「言うと思った!でも今日は許さん。俺は怒ってる!今日は謝るまでここを退けないし、謝らないならお前の好きな魚は二度と食卓に出さないからな!」

「……クズ」

「どっちがだよ!?」


魚という単語に、興味の無さそうだった織田の眉がピクリと動いた。ジト…と上目遣いで睨まれる。こいつの魚に対する貪欲な欲求は一体どこから来るのか。


「…仕方ねえな」


胡座をかいたままだった織田が、スッと腰を上げ腕を掴んでいた俺の手を無視して体を押した。
腕を引き抜かれるのではなく、まさかこっち側に力が加えられるとは思わずバランスを崩し、尻餅をついてしまう。

さらに額に痛いぐらいの力を入れられ、俺は反動で織田を見上げる形でグキッと首が悲鳴を上げた。

「いって…!お前、謝る気あん…」

仕方ない、というから謝る気なのかと思ったのになんだこの所業は、と文句を言おうとした俺だったが、しかしながらそれは叶わなかった。



「!?」



「ほら。これで満足したか?アンタの希望通りだろ?」



額を押さえていた手が離れ際にピンッとデコピンをする。

織田は意地悪そうな悪魔の笑みを浮かべて、用は済んだと言わんばかりに颯爽とベッドから飛び降りた。


「つーわけで今日の夜はこの前買ったブリが食いたいんでよろしく」


ご丁寧にカーテンまでピシャリと閉めてくれる。
視界から織田が消えて、保健室の扉が閉まる音が聞こえたところで、遠くの世界へ行きかけていた俺は寸前の所でハッと意識を取り戻した。



ーーー俺、今なにされました?



俺の記憶が正しければ、唇にマシュマロのようなものすごい柔らかい感触がしたぞ。


レモンの味、しなかったな……


「って、いやいやいやいやいや!!そっちは希望してねえし!!」


仕方ねえな、って俺は謝れと言ったのであってキスをしろとは言ってない。

確かに『漫画みたいに押し倒されてチューされちゃった、とかなら別だけど』とは言った。確かに言った。けどそれを希望していたわけじゃない。あり得ない。何をどう取ればそっちになるんだよ!


…しかも、待てよ。

さっきのって俺の一生に一度のファーストキスじゃね?律がちょっかいを出して来てた時でさえ頬っぺたまでで、唇だけは死守してたのに。


いや言うな!分かってる!
ファーストキスも童貞も男が後生大事に取って置くものじゃないってことは。


でもさ?

いくら美人でそんじょそこらの女子より綺麗なやつだだったとしてもさ?


男よ…?


俺は自分の血がついたシーツを抱き締めて、誰もいなくなった保健室でメソメソと泣くしかなかった。


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