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6

織田が出てくるまで予習の続きでもやるか、と机に座ろうとしたとき、机に置いたあった携帯が震えた。パッと画面に表示されたのは律の名前。電話だ。

「うい、どーした」

『智ちゃん、いまなにしてるの?』

「ちょうど晩御飯食べ終わったとこだよ」

電話の向こうから、ガヤガヤと男子生徒達の声が聞こえる。まだバスケ部の奴らと居るみたいだ。

「律ももう食べたんだろ?」

『食べたよー。ところで玲哉部屋にいる?』

「織田?あいつなら今風呂に入ってるよ」

『あー、そっか』

「??なに?」

『いやー、部のやつらが歓迎会開くってうるさくてさ…日にちいつにするかって。玲哉に電話しても出ないから』


電話越しに「こら律!うるさいってなんだ!あんな美人お前だけが独占できると思うなよー!」「そうだぞ!イケメンだけが得をする世界なんてクソ喰らえだ!」と騒ぐ声が聞こえる。

「後ろ元気だな…。あいつ、ちょっと前に入ったからそろそろ出て来るとは思うけど………あ、出てきた。ちょっと待って。織田!」


「なんだよ」

シャワーだけで済ませたのか割と早めに、またもやパンツ一丁で頭をタオルでかきながら織田は風呂から出てきた。

ちなみに今日のパンツは黒地にゴールドの柄が入ったボクサーパンツだ。なんでそんな肉食系みたいなパンツの趣味なんだろう。なんか勿体無い。


「バスケ部の人達が織田の歓迎会したいんだって。いつにするかーて電話」

「そんなんしなくていい。言っただろ。この学校にいつまでいるかなんて分かんねえ」

そういえば、自己紹介の時に親が転勤族だと言ってたな。
でもそれはそれ。これはこれだ。

「そういうわけにもいかないだろ。いくらなんでも転勤したばっかですぐ転勤はないと思うし、もしかしたら卒業まで居るかも知れねーじゃん。…そもそも折角入ったんだ。やりたいって言ってんだからやってもらえよ」

「面倒臭い…」

「…あのさ、チームスポーツって、チームで協力してやってくもんだろ?仲良くなってないと色々やりづらいと思うんだけど」


そう言うと織田の動きがピタリと止まった。我ながら素晴らしい正論だったと思う。


「…チッ。いつでもいいって言っといて」


しぶしぶではありながらそう呟いた織田は、聞こえよがしに大きな溜息をつきながら再び脱衣所へと消えてしまった。ご丁寧に舌打ち付きだ。


俺は電話を耳に当て直す。

「律!織田いつでもいいって」

「…ん。聞こえてたよ。玲哉いつでもいいって〜」

律の声が電話越しに少し遠くなり、近くにいるであろうバスケ部員に織田の返事を伝えた。その後ウオオオオオオとバスケ部員たちの歓喜の雄叫びが聞こえ、思わず携帯を耳から離す。

うるせえ。

織田はどこに行っても人気なんだな。羨ましい。でもこれじゃあ律も気が気じゃなさそうだ。


「…お前も大変な奴に惚れたな…」

『ねー。あ、そうだ智ちゃん。今度いつ買い出し行くの?』

「食材は今週の日曜に行くよ」

『日曜ね。りょーかーい。また行く時教えて〜』

「おう。じゃあ、また明日な」


電話を切ると髪を乾かし終えたのかいつの間に顔を出した織田がこちらを見ていた。バチッと目が合って、一瞬ビックリする。


「な、なんだよ」

「買い出し、行くの」

「あー、うん、そうそう。日曜にな」

聞いてたのか。まあこの狭さだし、聞きたくなくても聞こえるか。


「俺も行った方がいいんだろ」

「俺の飯が食いたければ、そうなるな」


「……いちいち腹立つ言い方」

「いや!だって!お前全然美味いも不味いも言わねーんだもん!不味いものに食材費出すなんて俺なら嫌だなって思ったから…」

言いながら思った以上に織田の反応を気にしていたことに気付いた。律が織田とは正反対で美味しい美味しいと大絶賛してくれるタイプなので、何も言われないとやはり気になる。


俺の言葉に織田は一瞬止まってーーーすぐに吹き出した。


「アンタ…なに!そんなこと気にするタマかよ…ハッ!ウケる」

「そっ、わ、笑うなよぉ!お前からどんな風に見られてるのか知らねーけど、俺だって気になるんだよそういうことは!」


カァァと顔が赤くなる。
というか笑い過ぎだ!

作り笑いでもなく、本心から笑っているような織田に新鮮味を感じながらも、体を折って爆笑されていることに恥ずかしさが増す。

クソ!言うんじゃなかった!!


「も、笑うなって!変なこと言って悪かったな!」

「は、……あー、笑った」


笑い過ぎて涙が出たのかソファーに座りながら目尻の涙を手で拭った。


「アンタあれだな。付き合ったら面倒臭いタイプだ」

「………」


「尽くしちゃう系だろ」



そうかも知れない。

中学の時に初めて付き合った彼女には中学生ながらかなり尽くした。毎日朝家まで迎えに行って帰りも家まで送って行った。もちろん家は逆方向なのに、だ。

具合が悪いと聞けば、クラスが違うにも関わらず休み時間の度に、体調どう?と様子を見に行ったり喉にいい飴だとかをしげしげと届けたっけ。



今思えばあの頃から尽くす、というか世話焼きの根性は出ていたのかも知れない。

だけど、あれだけ尽くしたのにも関わらず俺は物の見事に2週間で振られた。早過ぎて手を繋ぐことすら出来なかった。
中学生だし清いお付き合いで良かったとは思うが、いくらなんでも清すぎるし早過ぎる…。付き合ったと言えるのか怪しいほどだ。


しかも振られた原因はまさかの律のことが好きになってしまった、なんていう漫画とかでよくあるやつだった。

今以上に俺にべったりだった律。
俺と付き合う事で、必然的に律との接点も増えた彼女は、律の魅力に気付いてしまったなんていう至極簡単な理由だった。



織田にからかわれて思い出したくもない黒歴史まで思い出してしまい、恥ずかしかった気持ちはどこへやら。

スン、と気持ちが冷めてしまった。


「もういいや。俺も風呂入るわ。買出しついてくるかどうかは日曜までに決めといて」


「普通に美味いけど」


「…………え?」


いま、なんて?


「不味いもん完食なんかしねーだろ。アンタ見てるとイライラするけど、飯だけは、まあ、いいんじゃない?」


「…………デレるなら完全にデレてくれよ!!!」


イライラするのくだりさえ無ければ、純粋に織田の言葉に感動できたのに!


「うるせえ。…とにかく日曜、ついてってやるから魚買え」


「魚?好きなのか?」


コクリ、と素直に頷いた織田にちょっと可愛いと思ってしまった俺。

そうか。織田は魚が好きなのか。
じゃあ今日の鯖の味噌煮は多分嬉しかったんだな。

「じゃあ今度魚いっぱい買おうな!」

「よろしく。んじゃ、俺はもう寝る」

真顔で答えた織田は相変わらずパンツ一丁のままハシゴを登り自分のベッドへ潜り込んでしまった。


「え!?もう寝んの!?はっや!!」


まだ21:30とかなんですけど。
お前はお爺ちゃんか。



つーか、食器洗うんじゃなかったんかい。

どうやら忘れてしまったらしい。
仕方ない。今は気分がいいので風呂から出たら明日の弁当の準備がてら洗ってやろう。
そう思ってシャワーを浴びてから出ると、食器は全て洗い終えたのか水切りラックに立て掛けられていた。


「…あれ。思い出したのか」


意外と律儀な奴だ。
食器のことを思い出してパンツ一丁で洗い物をする織田を思い浮かべて俺は1人クスリ、と笑ってしまった。


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