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3


朝のホームルームが始まるギリギリ前に律が教室に飛び込んで来た。

「ギリギリセーフだな、律。おはよ」

「ハァ、智ちゃ、ん!オハヨー」

珍しく息が切れている。
朝練が長引いたのかな。

「大丈夫か?」

「んー、大丈夫じゃないー。疲れた…」

席に着くなり、机に倒れ込んだ律に何事かと心配になる。

「お前がそんなんなってるの珍しいな。部活ハードだったとか?」

「うん?…うん、まあそんなところかな。智ちゃん〜授業サボろー?」

「何だいきなり!教室に来たんだからサボっちゃ駄目だろ。頑張れよ」

サボろうなんて誘われたの初めてだ。そんなこと言うなんて律らしくない。一体どうしたと言うんだろう。

「ホームルームだけサボっちゃ駄目ー?」

「駄目だ。てか、もう先生来るし」

「……うえー」


律が苦虫を潰したような顔で唸る。そんな顔したって駄目なもんは駄目だ。こんな微妙な時間に教室抜けたって廊下で先生と出くわすのがオチに決まってる。

俺の意思が硬いと分かったのか律はこちらを向いたまま机に突っ伏した。

「……じゃあ、あとで俺の聞くことにちゃんと答えてね」

「?…あぁ、分かった」

なんだろう?ピンとこ無くて首を捻った。



しかし、律があんなに急いで聞きたがることなんて、少し考えれば直ぐ分かることだった。


「智ちゃんが玲哉とデキてるなんて、ただの噂だよね?」


ホームルームが終わった途端に連れションしようと、トイレに引っ張られた俺は、結局トイレではなく階段の踊り場に連れてこられていた。

「それ、誰から聞いたんだ?」

「朝、元カレに捕まって智ちゃんと玲哉の話聞かされた。そんなのあり得ないって分かってるけど、なんか気になって…」

思った以上に噂が回るのは早かったらしく、既に律の耳に入ってしまったようだ。

ったく、そんな不安そうな顔すんな。


「律。よく聞け」

「うん」

「俺は昨日お前の告白を目の前で見てただろ?」

「智ちゃんが口滑らせちゃったからね」

「うっ…その節はすいませんでした…、っじゃなくて!俺はちゃんとお前におめでとうって言っただろ?」

「うん、言ってた」

「織田が律と付き合ってるって認識してるのに、俺が織田と付き合うと思うか?そもそも俺がノンケなの忘れてるだろ」

「智ちゃんがノンケなのは知ってるし、浮気してるとかそういうことを疑ってるわけじゃなくて」

律が何かを考えながら言葉を選ぶ。


「なんで玲哉とデキてるなんて噂が流れるのかな…と思って」


あー、そっちか。

「いやぁ、俺も訳わかんないんだけど、多分昨日俺が校内の案内してたのが誤解されたっぽい。あいつ無駄に距離が近いじゃん。それでだと思う」

「………今日の朝も一緒に来てたんだって?そんな仲良かったっけ?」


律の表情が少し暗い。

そこまでもう聞いたのか。というか、やっぱり一緒に登校したのは不味かったか。


多分、律は嫉妬してる。

律が誰かに嫉妬してるのなんて初めて見た。つまりそれだけ織田のことが本気ってことなんだろうか。


「…顔暗いぞ!朝はちょうどタイミングが一緒だったってだけで、変な意味なんか全くないよ。てゆか俺たちが仲良くないの知ってるだろ?」

「……そうかなあ」

いつも明るく爽やかな律の暗い表情に胸がざわざわする。


そりゃそうだよな。自分の恋人が友達と噂が立ってるなんて俺だったら耐えられない。考えが浅かったんだ。


俺はゆっくりと律の顔を覗き込む。

律は少しビックリしたような顔をしながらも、目を逸らすことはしなかった。


「律…お前が不安になるなら、俺もう織田とは一緒に登校しないよ?2人で歩いてるのも律は嫌、なんだろ?」


「…………嫌」


ボソリ、と呟かれた律の言葉に大きく頷いた。


「分かった。今日のはほんとにたまたまだったんだ。だからもうそんな顔するな!」

「…智ちゃん…」

「それにしたって、お前マジで好きなんだな。律のそんな顔初めて見たよ」


「…うん、だいすき」


暗かった表情が消え、俺に向かって蕩けるような笑顔を作った。


「…!」


自分に言われたわけじゃないのに、自分に言われたと錯覚してしまうような笑顔にドキッとした。

「そ、そうか…良かったな。そんな好きな人と付き合えて。仲良くしろよ」

「んー」

律はいつものように首を傾げながらヘラっと笑う。


危なかった。
まさか律にときめかされる日が来るとは…
と、言っても俺に言ったわけじゃないから、ときめく俺がおかしいのだが。

でもいつもの笑顔に戻った律にホッと胸を撫で下ろした。


「あっ、そうだ。律!この噂早く誤解だって解きたいから、お前の人脈を駆使して2人が付き合ってるって言いふらしてくれよ。…言いふらすって言葉が悪いな。とにかく、お前らが付き合ってるって分かればいいんだから」

「んー、わかった〜」

「つーか、当分は俺別行動した方が良くね?その方が分かりやすいよな?」

「それはヤダ」

「なんでだよ」

「智ちゃん友達居ないくせに。そこまでしなくてもいいじゃん〜。俺も周りに言うから!」

「……俺も律以外の友達作った方がいいのかな…」


律と別行動するだけでボッチ決定な俺の狭すぎる交友関係に不安を感じる。


「いらないでしょ。…智ちゃんには俺だけで充分〜!浮気はだめよ」


突然のオネエ言葉に引く。律は普段の調子を取り戻したみたいだった。

これはこれでウザいけど、まあ、いいか。


「喋り方キモい。あ、あと俺の部屋でイチャつくのはやめろよ!あそこは聖域だと思って違うとこでやれよな!」

「やあだ、ヤれ、だなんて!智ちゃんのエッチ!」

「そっ、そういう意味じゃねえし!茶化すな!」

「うそうそ。ごめんって。分かってるよ〜」

「……ならいいけど。……てか時間!やばい!チャイム鳴る!」


パッと時計を見ると、あと2分で一限目が始まるという時間だった。

俺は慌てて律の腕を引いて走り出す。


後ろで律が楽しそうに笑っていた。


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