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9


「…睦人?おい、大丈夫か!」



しかし、聞き慣れた声が空間に反響し、すぐ傍にいい香りが広がった。
大きな手のひらが背中に周り、心配そうに支えてくれる。



「………佳威……」



「どうしたんだよ…立てるか?」

「…佳威こそ、どうして、ここに」



「俺もトイレ。…無理すんなって言っただろ」

「ごめん…」



佳威は座り込む俺の傍で少し険しい顔をしていた。

トイレだなんてきっと嘘だ。多分佳威は心配して見に来てくれたんだと思う。


それが申し訳ないと思う反面、胸が熱くなる。


「なんか…風邪っぽくて…」

「確かに体が熱ぃな。気持ち悪いのか?」

「んん、ん…気持ち悪い、というか…」

「吐きそうじゃねえなら、とりあえず戻って休むぞ」

「あっ、待って…!!」



背中を支えられ起き上がらせてくれようとする佳威の腕をギュッと掴んだ。


今、立つと非常に不味い。
バレる。
確実に下半身がバレてしまう。


「どうした…?」


さらにやばいのは友人にバレるという不味い状況だというのに、俺の股間は熱を増すばかりということだ。

触れられている背中からゾクゾクと鳥肌が立つ。
気持ち悪い、というよりどちらかというと気持ちいい。



もっと違うところを触って欲しくなる。



そこまで考えてしまって俺は泣きたくなった。

なんで…?
なんでこんな変なこと考えてるんだ。
意味が分からない。


友達相手に…ーーー最低だろ。



「睦人…………」



佳威の腕を掴んだまま固まってしまった俺に、佳威がゆっくりと名前を呼んだ。




「お前…なんで…、…なんでお前からΩのフェロモンを感じるんだよ…?」


「!!!」



困惑したような問い掛けに、体が分かりやすくビクついてしまった。パッと顔を上げると、近くに居る佳威と目が合う。少し垂れ気味の形のよい二重の瞳が真っ直ぐに俺を見つめていた。

「……え………?」



「お前、ほんとに…βなのか………?」



………ザァァアアァァ……アアア……


佳威の発言と被るように、頭上から雨の降る音が聞こえてきた。
ついに雨が降り出したようで、かなりの雨量を感じる音が煩いくらいにトイレの屋根を打つ。


ーーーラッキーだと思った。

俺は咄嗟に、この雨に濡れればフェロモンが消える、そう考えたのだ。


どうしてΩのフェロモンだと分かるくらいにフェロモンが強くなっているのか、
どうしてそれを佳威が感じ取れたのか。

考えなければならないことは山ほどあったはずなのに、朦朧とし始めた頭ではとにかくフェロモンを消す、ということしか考えつかなった。


もはや下半身がどうのこうのと言っている場合では無くなり、壁に体重を預けグッと力を入れて立ち上がる。
今度は何とか足に力が入った。
そのまま、佳威の体を押して、ダッと外に飛び出す。


「睦人…!?」


外は夕立ちのように激しく雨が降り、遠くでゴロゴロと雷のなる音が聞こえた。

俺は全身が濡れることも気にせず、トイレの裏側に周り、草木の生い茂る森の中へ駆け出した。

冷たい雨に濡れているというのに相変わらず身体は熱い。動悸もする。下半身だって相変わらず主張が激しいし、お腹の奥に違和感も感じた。


それでも俺はとにかく1人になりたくて、森の中へ走った。



「睦人!おい!」


しかし、後ろから佳威の追ってくる声が聞こえて俺はもっとスピードをあげる。


「待てって!!」

「うわっ…!」


だが身体の不調な俺は万全な体調である佳威に勝てるはずも無く、呆気なく捕まってしまった。


腕を掴まれ、俺が逃げないようにそのまますぐ近くにあった大木に押し付けられる。少し強引な力に、背中に痛みが走った。

「いた…!」

「あ、わりぃ!大丈夫か?…つか、なんで逃げるんだよ」

「………」


佳威は雨に濡れて顔に張り付く髪の毛が鬱陶しいのか、片手で髪をかきあげる。


その姿に何故かドキリとした。




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