8 …………。 やってしまった……………。 肩で息をしながら、俺は羞恥と後悔で両手で顔を覆う。 クーラーの稼働する音のみが、聞こえる静かな部屋でまさかのゴクン、という何かを飲み込む音が聞こえギョッとした。 だって、何か、なんて、 「ナニ」しかない… 手をそろりとずらすと、膝立ちをして口の端を手の項で拭う有紀が見えた。 俺が見ていることに気付くと、目を細めツヤのある笑顔で口の中を見せてくる。 「んべ。…ちゃんと飲んだよ。リクのってこんな味なんだね。気持ちよかった??」 真っ赤な舌を出して、ほくそ笑む有紀。 言う通り口の中にはなんの液体も残っていなかった。 「お、まえ…、ほんと、意味分かんないしっ…とりあえずうがい!うがいしろ!」 「ヤァーダ。乾いちゃうじゃん」 有紀の手が再び俺の下半身に伸びてきたかと思うとグチ…と、お尻の奥に触れた。 「ひっ…!?」 「わ、すご……Ωの男は女みたいに濡れるって聞いてたけど、ほんとなんだね」 そのままヌルリ、と有紀の細長い指が中に入ってきた。 「や、…!!!」 簡単に入ってしまったことを考えると俺が感じてる以上に濡れてるのかも知れない。 俺のような男性Ωは、性的な興奮で女性と同じように下部が濡れるようになる。それは体が相手を受け入れる準備をしているんだよと病院の先生が言っていた。 かと言ってそこを自分で弄ったことも無ければ、誰かに触らせたこともなかった。 「リク分かる?もう後ろぐちょぐちょだよ!…はぁ〜…エロ」 「言う、なっ…!てか、抜いてっ」 体の中で違うものが動く感覚に鳥肌が立った。 「ねーえ?リク」 「んっ…!な、んだよ」 下半身の異物感に耐えていると、有紀がゆっくりと俺の名前を呼んだ。 指を入れたまま、体をこちらに乗り出してくるものだから、グッと指が奥に入り込む。 「アッ…!?」 「リクはまだ誰のものでもないよね?」 「……?、うん?」 訳のわからない質問にとりあえず頷く。 「よかった!じゃあこのまま番契約しちゃお?」 「はっ!?」 まさかの発言に俺は固まってしまった。 番契約? 「む、ムリ!何言ってんだよ、有紀!…ひ、アっ」 圧迫感が増して指が増やされたことに気付いた。 有紀の長い指にぐりぐりと擦られて、僅かながらにも快感が襲ってくる。 「ここに、俺のを入れてリクの項をガブッとしちゃえば契約成立でしょ?…てか、俺の指あっとゆーまに飲み込んじゃうね」 ペロリと首筋を舐められ、快感よりも焦燥感が強くなった。 「やぁばいね、このにおい。…ゾクゾクする」 熱っぽい吐息。 瞬きを忘れて視線が有紀に奪われる。 こいつ、…本気だ。 本気で俺と番契約を結ぼうとしてる。 「ゆ、有紀…ほんと、マジで一回指抜いて…っ」 「なんで?気持ちよくない?」 「そうじゃなくて、…」 「あー!そっか、もう俺の入れてってことか!でも、慣らさないと最初は痛いよ?」 それとも痛い方が好き?と猫のような笑みを浮かべて囁く有紀に、マジでヤバイと心臓が早鐘を打つ。 「有紀……!」 涙目で懇願するように見上げると、有紀は微笑みながらあいている手で俺の頬を撫でた。 「リク、かわいい。でもそんな顔、渥にも佳威クンにも見せちゃダメだからね」 なんでこんなときに、渥と佳威の名前が出てくるんだよ… なんとかしないとと焦る気持ちとは裏腹に、絶え間なく与えられる刺激に俺の下半身がまた硬さを取り戻す。 そんな俺に気付いて有紀がフッ、と笑う。 「リク、それどーするの?もっ回イッとく?それとも……もう入れていい?」 そう言われた瞬間に、俺の中の危機回避能力がフル稼働した。 目の前にいる有紀に手を伸ばし、グイッと自分に引き寄せる。 「わっ…!」 抱き締める形で有紀を腕のなかに収める。 有紀もさすがに予想外だったのか、俺の中を掻き回す動きが止まった。 「なに!?リク…?」 「有紀…、お前は、俺のこと好き…なんだよな?」 「?うん!好き!大好き!」 「でも、……俺の気持ち無視してこんなことする有紀のことは、俺…嫌いになるかも…」 「…え!?ヤ、ヤダ!!!」 即答で答える有紀。 そう返ってくることは何となく想定内だった。 「じゃあ、やめて、くれるよな…?」 「………………俺としたくないってこと?」 「…………今はまだそういう気持ちじゃないってことだよ」 あまりにも悲しそうな顔をするので、思わず生ぬるい返事をしてしまった。 「まだ?」 俺の返答にピクリと反応した有紀は、悲しそうなのは演技だったんじゃないかと思う早さで表情を明るくした。 「分かった!今日はやめる!やめるから俺のこと嫌いになるなんて言わないで?ね!約束だよ!」 「…おう」 あれ、俺ちょっとまずい事言ったかな…? というか俺の危機回避能力の低さたるや。 うまく働かない頭で咄嗟に思い浮かんだ方法ではあったが、有紀じゃなかったら意味なかっただろうし、多分、次は通用しない。 もちろん次が無いこと祈る。 「とりあえず、…指…抜いて」 「んー」 やめると言ったのに曖昧な返事をしながら、有紀の指が何故かまた俺の中で動き出す。 「あっ、……なん、で!?」 「ダイジョーブ。エッチはしない。でもリクこのままじゃツライでしょー??」 もう片方の手で元気になっていた俺の息子を握り締めた有紀は、無害そうな笑顔でにんまり笑った。 「…………サイッ、アクだ…」 「何がー?」 「お前だよ………」 「えー?意味わかんなーい」 あの後結局イクまで離してくれず、散々な目にあった。 現在は、脱力感に勝てずソファーの上に倒れ込んでいる。 有紀はすぐ側でソファーを背もたれに床に座り込んでいたが、俺の呟きに体をこちらに向けてきた。 有紀の小さな顔を見降ろして、これだけは言っておかねば、と思い出したことを告げる。 「ていうか、そもそもな」 「?」 「俺、いまヒート期間じゃないから番契約成立しないから」 そう言うと、有紀は大きな目を何度か瞬きさせた。 「あ〜!あ〜!そっか!それ忘れてた…リクいつヒート来るの?」 「まだヒート来たことないから分かんない」 「そうなの?遅いねー」 「うるさい」 「まあ、いいや!来たら教えて!」 「は?なんで?」 「そりゃ、利用しない手はないでしょ」 「お前だけには絶対に教えない」 「ヤダーーーー!!教えて!!利用するとか嘘だからー!!」 絶対に本心だっただろ。 こえーよ、まじで。いつの間に有紀はこんなヤバイやつになったんだ… やはり渥同様、桐根学園で揉まれたんだろうか。無きにしも非ずな気がする。 もどる | すすむ | 目次へもどる | |