5 授業が終わり、よし!帰るか!とカバンに必要最低限の荷物を入れたところで、ケツポケットに入れていた携帯がブブブと震えた。 メールかな?と思って携帯を取り出すが、マナーモードにしていた携帯は鳴り止むことなくずっと震える。 「電話か」 ケーイチは先生に呼ばれ職員室へ、佳威はつい先程トイレに行くと言って教室を出て行ってしまったので、今のは完璧な独り言だ。 独り言で発したように携帯を確認すると、着信の文字が表示されていた。名前を確認すると、体育館で連絡先を交換し合った有紀からだった。 そういえばまたあとで連絡するって言ってたな。 なんの用事だろう、と首を捻りながら通話ボタンを押した。 「どーした、有紀」 『あ!リク出た!リク今どこ?』 途端に嬉しそうな有紀の声が携帯越しに聞こえてくる。 電話越しだと少し低く聞こえる有紀の声。電話越しに聞くとなんだか渥に似ているような気がした。 「教室だよ、これから帰るとこ」 『やっぱり!リクって何組なの?』 「C組だけど…なんだよ、一体」 『C組ね!C組〜…C組〜…、あっ!ホントだ。居た〜」 最後らへんは電話越しというより、直接耳に入ってきたので、驚いて声のした方を向くと、ちょうど入り口のところに有紀が顔を覗かせていた。 「えっ?どうしたんだよ、有紀!てかここ、2年の教室…」 有紀が現れたことによって、まだ教室に残っていた数人の女子がキャアと嬉しそうな声をあげる。 予想していた反応とはいえ、弟分だった有紀への反応に、兄貴分の俺としてなんだか複雑な気分だ。 「いーじゃん!迎えに来た!一緒に帰ろ〜」 携帯を切りながらこちらに軽い足取りで向かってくる有紀。 「そ、そりゃ別にいいけど…」 「やった!んじゃ、行こっか〜」 自然な流れで有紀は俺の手を握った。 流石に、えっ?と思ったが抗議の声を上げる前に有紀は歩き出し教室を出る。 クラスの女子から羨望の眼差しを向けられなんとも言えない気持ちになった。 「ちょっと、おい!有紀!なんだ、この手は!もう子供じゃ無いんだから手繋ぐのは見た目的に無しだろ」 教室を出たところでやっと有紀に向かって言うとクルッと振り返る。その顔は不思議そうに目をくりくりさせていた。 「なんで?高校生になったら手繋いじゃダメなの?」 「ダメ、ではないけど…そういうのは好きな人とか恋人とかとだな…」 俺のこだわりポイントだ。 乙女ポイントとも言う。 「なーんだ!じゃあ俺リクのこと好きだから問題ないね!」 「い、いや、だから、そういう好きじゃなくて…」 お前が俺に懐いているのは知っているが、俺の言いたい好きはそういうことじゃない。 しかし、有紀があまりにも嬉しそうにそう返してくるので俺は反論するのをやめた。 なんだかんだ昔から俺は有紀には甘いところがあった。 「ところで、帰るって俺の家と同じ方向ってこと?」 確かに母親は静香さんとはまたご近所さんになったとは言っていたが。 「俺、寮だよ〜?あ、そうだ知ってる?リク!この学校αは寮タダで使えるんだよ!」 「知ってるよ。ケーイチに聞いた」 「えー!?…渓センパイに先越された〜」 悔しそうに呟く有紀に笑ってしまった。 そんなところで張り合ってどうするんだ。 「今日予定ないでしょ?俺の部屋に遊びにきて!リクと遊びたい!」 予定がないと断定されたことには若干引っかかったが、そう無邪気な笑顔でお願いされると断るわけにはいかない。 実際、今日は何も予定が無かった。 勝手に帰ったことについては、明日佳威かケーイチに小言を言われるかも知れないが、仕方ない。 ケーイチは先生のところに行ってたので携帯を見られないだろうから、佳威の方に先に帰るという旨の連絡を入れておいた。 例のホテルのような寮のエレベーターに着くと、有紀はウキウキと6階を押す。 「俺の部屋607号室だよ!覚えといて!」 「お、おう。分かった」 俺の部屋とは階が違うようだ。 少し待つとエレベーターが一階に降りてきたことを知らせる機会音が響き、扉がゆっくりと開いた。 「………」 有紀の部屋は結構矢田の部屋と同じような感じだった。 さすがに矢田のように女物の下着とか服が散らばっているわけでは無かったが、物が乱雑に置かれている。 洗濯が終わったのか終わってないのかよく分からないパンツやらTシャツが放り投げられていたり、読み終わった週刊誌(マンガ)や雑誌の類がソファーに投げ捨てられていたり… とにかく整理整頓された部屋とは程遠い散らかりぶりだった。 有紀はソファーの上にあった雑誌類をなんの躊躇いもなくゴミ箱に捨てて、座る場所を確保する。 俺は散らかりまくった部屋を見渡しながら、ゆっくりと腰を降ろした。 「有紀……お前相変わらず部屋汚いんだな…」 「へ?そーかなー?でも掃除はしてるよ?てか、何飲む?お茶かー、ジュースかー、栄養ドリンクかー、牛乳かー、コーヒーかー」 「飲み物のレパートリー無駄に多いな」 「あっ、カルピスも作れるよ!リク、カルピス好きだったよね?」 「お、マジ?てかよく覚えてるな」 「あったりまえでしょー!リクが好きだったから俺もコレ好きになったんだもん。常備よ常備」 そうかわいいことを言いながら、有紀は手慣れた様子でカルピスを作ってくれた。 目の前に置かれたグラスからカラン、と氷同士がぶつかって溶けていく音がした。 もどる | すすむ | 目次へもどる | |