3 「な、なんで…矢田が…そんなこと」 「きみからΩのフェロモンを感じたって言ってたのよ!……Ωって言っても男なのに!どんな手を使ってるの!?」 「ままま待って…!ミキちゃん!俺は、Ωじゃないよ!βだよ」 「春行くんが嘘言ってるって言いたいの?」 「そういうわけじゃ無いけど…、俺はΩじゃない」 こんなところでバレるわけには行かない。この子にバレたら隠してきた意味が無くなる! 俺が慌てて否定をしても、ミキちゃんはもはや聞く耳も持たないのかぶんぶんと首を左右に振った。 「佳威くんは、ミキの運命の相手なの!もうすぐヒートが始まるわ…そうしたら佳威くんもミキのこと見てくれる。そのことを言いたいのに、きみみたいなΩに佳威くんの周りをうろちょろされたら邪魔なの!」 邪魔、そうハッキリと悪意のある言葉を言われてズキンと胸が痛んだ。 「そんなこと…言われても…」 「男のΩが珍しからって調子に乗らないで!この学校にはきみより可愛くて綺麗な男のΩはいっぱいいるわ!それに…ミキの方が佳威くんに合ってる!」 「………だから、俺は…Ωじゃ」 「まだ言ってるの!?…分からないなら、分からせてあげるから。ミキにはミキのことを大好きなオトモダチがいっぱい居るんだから…」 「楽しそうなことやってるな」 ミキちゃんの雰囲気がガラリと変わって物騒な言葉を吐き出したところで、覚えのある声が背後から聞こえた。 「え…」 「くろ、さわ…くん…?」 振り向くとそこには腹が立つほど整った顔で不敵な笑みを浮かべる渥の姿があった。 「え……ど、して…」 渥の姿にミキちゃんが分かりやすくたじろいだ。今にも折れてしまいそうな細い体をギュッと自ら抱き締める。 「お前、矢田の女なんだって?それがこんなとこでこんなやつ相手になにしてるんだ」 こんなやつって。 心の中でツッコんだ。さりげなく馬鹿にされた気がする。 「…匂うな。もうすぐヒートか」 「そ、そう…そうだよ」 先ほどとはうって変わってミキちゃんが熱っぽく息を吐く。顔が赤く目が潤んでいた。風邪をひいたときのような顔だ。 渥が近付けば近付くほど、ミキちゃんは後ずさる。少し体が震えているようだった。 俺の横に立った渥は、チラリと俺を見やった。 「渥…」 「童貞」 ボソッとそう呟かれて思わずイラッとした。 「そんなの今関係無いだろ!!」 「この女で卒業したら?」 「はあ!?意味わかんねーし!」 とことん上から目線の渥。ミキちゃんにも聞こえたのか、手をバタバタさせて怒った。 「Ωの男となんて死んでもありえないわよ!なんの生産性もないし」 生産性がないとまで言われてさすがの俺も落ち込む。つい先程までタイプだ!可愛い!と思っていた女の子ではあるが、ここまで言われてしまうともはや苦手意識しかない。 「こいつがΩ?…ハッ。こんな可愛げの欠片もないようやつがΩなわけあるか」 今、鼻で笑ったよね?この人俺のこと鼻で笑ったよね? 「で、でも…春行くんが…」 「矢田の言うことはほとんどデタラメだ。それはお前が一番よく分かってるんじゃないのか」 「……」 ミキちゃんが黙り込む。どうやら思い当たる節があるようだ。 まだ2回しか会ったことのない俺ですら、そうだろうな…と頷く相手なだけに、番候補として付き合っていたミキちゃんは思い当たりすぎるんじゃないだろうか。 「分かったら、矢田のところへ帰れ。こんなやつ相手にするだけ無駄だ。それこそなんの生産性もない」 ねえ…この人、助けに来てくれたのかと思ったら、さっきから俺を貶しまくってるよね。ザクザク言葉の刃が胸に刺さるんだけど。 そうは思いつつも口を挟む勇気も無くジロリと渥を睨んだ。 「春行くんとは終わったの…!ミキは佳威くんと番になるの…!」 付き合うから番になるにレベルアップしている。相手は同じαなのに、やはり矢田が変態だから嫌気がさしたのかな。(個人の偏った見解です) 「光田?…ああ。やめとけ、あれこそお前なんかの手に負える男じゃない」 「…….どうして、そん、な…こと………」 ミキちゃんが言いながらストンと地面に座り込んだ。 肩で息をするように呼吸が荒い。 「ミキちゃん…!?」 俺は思わず駆け出しそうになったが、それより一瞬早く渥が俺の肩を掴んだ。 「行くな。誘発されるぞ」 「へ….」 それってどういう意味、と聞く前に渥がミキちゃんの元へ歩いていく。 しゃがみこむミキちゃんのすぐ近くで、同じようにしゃがみ込んだ渥はミキちゃんの華奢な顎を掴んで上を向かせた。 ミキちゃんは渥を、至近距離でとろ〜んととろけ切った瞳で見つめた。 「くろさ、わ、くん…、おねがい…」 「なんだ」 「ミキを………抱いて………?」 えええええええーーーー!? ひとり離れた場所でその台詞を聞いた俺は心の中で盛大に叫んだ。 突然の告白にドキドキする。 ミキちゃんは存在感のある柔らかそうな胸を寄せて渥を物欲しげに見上げていた。 あ、もしかして、ヒートか…! もうすぐヒートがくると言っていた。少し早まったのか、αである渥に引きずられて起きてしまったのかは分からなかったが、目の前の美少女は確実にヒートに入ったみたいだった。 同じΩである俺には相変わらずミキちゃんのつける甘い香りしか匂わなかったが、多分αである渥には実に魅力的で誘惑されるフェロモンを出しているに違いない。 「…αだったら誰でもいいんだろう?ずいぶん淫乱なんだな」 その証拠にか言葉とは裏腹にミキちゃんに触れる動作はゆるやかで優しいものだった。 「やぁ、…そんなことない…くろさわくんがいいの…、くろさわくんじゃなきゃだめなの、ぉ…」 切なそうに身をよじらせて渥に擦り寄るミキちゃん。 もはや俺の姿は目に見えていないようだった。ここが学校だということも忘れているのか、しきりに渥の体を触っている。 「おねが…、キス….して、ぇ」 発情ーーーまさにその言葉がピッタリな表情だった。 渥はその言葉にミキちゃんの頭をグイッと引き寄せる。 本当にキスをするのかと思ったら、そうではなく何かを耳元で呟いていた。 その後ミキちゃんが熱っぽい瞳で俺の方を見た。 「!」 目があった瞬間全身がゾワリと震えた。 「あ…」 「はる、ゆき、くん…?」 しかしミキちゃんは俺を見たわけではなく、俺の後ろを見ていた。 慌てて振り向くと、俺の背後にいつの間にか矢田の姿があった。 相変わらずの長身とガタイの良さに思わず飛びのく。 「矢田…!いつのまに」 「ミキ……フェロモンがだだ漏れだよ。悪い子だ」 矢田も矢田でミキちゃんしか見えていないのか、俺には特に反応せず歩いて行く。 「遅いぞ」 渥が一言嫌味を言うが矢田は気にした様子も無く、ヒョイっとミキちゃんを抱き上げた。 「もう少し遅かったら俺が可愛がってやろうと思ってたのに」 「そんなことはさせないさ。君の相手なんかしたらミキが使い物にならなくなるだろう」 「そんなに褒められてもな」 「…君は相変わらずだな」 「お前には言われたくない。Ωに本気になったって辛いのは…おっと」 余計なことを言った、というふうにわざとらしく口を押さえた渥に対して矢田が笑う。 「優しいんだな、黒澤。……さあ、行こう、ミキ」 「はるゆきく、ん…」 ミキちゃんが矢田を見上げて、コクリと静かに頷いた。 そんなミキちゃんを見ながら、本当にαなら誰でもいいのかもしれない、と少し意地悪なことを考えていた。 俺はまだヒートを経験したことはないが、一度ヒートを迎えると性行為のことしか考えられなくなるという。 そうなれば、誰でもいいから、αがそばにいるなら尚更、相手を見つけてその行為にだけ浸っていたいという気持ちになるのかもしれない。 ミキちゃんをお姫様抱っこして生徒寮の方に向かって歩いて行く矢田の姿を見て、これから一週間あの部屋でずっとやるのか…と想像して自身の熱を感じた。 もどる | すすむ | 目次へもどる | |